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忘れるために

朝早く散歩することにしました。公園の中を5000歩以上歩いてきました。息子のものはことごとく処分することにしました。ベッドや車椅子、吸引や吸入の機械などなど。少しずつ日常を取り戻さなくてはならない。生ける屍になってはいけない。屍と化しても生...
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三宝絵詞(さんぼうえことば)

『三宝絵詞』という本があります。およそ10世紀の頃に、仏教の学者である源為憲が冷泉院の第二皇女尊子内親王のために書いた、やさしい仏教書です。尊子内親王は、17歳の時に剃髪され、19歳の時に『三宝絵詞』が献じられ翌年亡くなっています。お父さん...
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息子は亡くなりました

7月12日朝方、難病の息子は亡くなりました。わたしが看ている時でした。すべてが終わりました。長い輪廻の旅路に向かいます。予想のつかない、わたしの理解の果てにある子でした。わたしは、息子のよき理解者とは言えなかったけど、文句も言わずに居てくれ...
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テーブルの花

ミニだけど豪華なお花です。となりにあるラベンダーは、庭先から採ったものです。『中論頌』第20章が、ようやく決着しました。今までの龍樹解釈とは似ても似つかないものになってきました。どうすんだよ。。って気持ちです。まあ、でも、一応はあってるし、...
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蜘蛛の糸

芥川龍之介の短編「蜘蛛の糸」は、お釈迦様が出てくる。カンダタという主人公が地獄で救われそうになるお話だ。だけど、救われずに終わってしまうお話なんだけど、日常、よくありがちな話でもある。四無量心の慈悲喜捨の「捨」に関連するお話と受け止めている...
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四無量心

慈悲喜捨の四つを四無量心という。って、ことは知っていたんだけれど、なかなか四無量心の「捨」が使えなかった。必要だということもわかる。現実に、使えないのは、わたしの心のせいだということもわかる。でも、最近、少しずつ「捨」を使えるようになってき...
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龍樹作品

たくさんの作品を著したとされる龍樹は、今や、わずか『中論頌』のみが、彼の真作だと出ということになっている。この意見も古くなったかな?でも、多くの人は、龍樹は、たくさんの作品を書いたとそのまま思っている。龍樹作とあれば、素直にそれを信じている...
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戯論寂滅

緊急で! ブログを書いてみよう。龍樹がわかってきたので『中論頌』第17章から第18章に進んだことをお伝えします。第17章は、理解するのが骨だった。「言失」は、昔、書いたことがあるので、二番煎じだなという感じで書きました。「もう聞いたよ、その...
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言失

『方便心論』に載ってる「言失」という項目について、説明します。同じ意味で繰り返し述べることは、「言失」という欠陥である、といわれます。だから避けねばなりません。「同一の意味で繰り返し述べるもの」とは、どんなものか?カウシカといい、でヴェーン...
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プラサンガ論法

いろいろあって、考えてみています。龍樹の『中論頌』も17章まで進んでいます。なかなかすすまんなあ、って思ったあなたは、わたしが「『中論頌』の注釈をつけるのに手間取っているんだな」と思われたことでしょう。八重桜も散り始めて盛りを過ぎてきました...