心にしみる原始仏典


「アングリマーラ経」『マッジマ・ニカーヤ』第86経(PTS Text,MN.Vol.2,pp.97-105.)

このように、わたしは聞きました。

あるとき、尊師は、サーヴァッティーのジェータ(祇陀)太子の林にある給孤独長者の園林に滞在していました。

このとき、パセーナディ・コーサラ王の王国に、アングリマーラという盗賊がいました。かれは残忍で、手を血に染めて殺しに没頭し、生き物たちに情け容赦なかったのです。

こうして、村々は村々でなくなり、町々は町々でなくなり、国々は国々でなくなりました。かれは、人々をさんざん殺して、(かれらの)指で作った首飾りをつけていました。

さて、尊師は、午前中に、衣を身につけ、鉢と衣をたずさえて、托鉢のためにサーヴァッティーの中に入りました。托鉢のためにサーヴァッティーを歩いた後、午後に乞食から戻ってくると、臥坐具をたたんで衣と鉢をとって、盗賊アングリマーラのいる方向に道を進んでいきました。

牛飼いや家畜番や農夫たちや(忙しく)走り回っている者たちが、尊師がアングリマーラのいる方に道を進んでいるのを見ました。
見て、尊師に、こう言いました。

「沙門よ、この道を進んではいけない。沙門よ、この道には、アングリマーラという盗賊がいます。残忍で、手を血に染めて殺しに没頭し、生き物たちに情け容赦もありません。こうして、村々は村々でなくなり、町々は町々でなくなり、国々は国々でなくなりました。かれは、人々をさんざん殺して、(かれらの)指で作った首飾りをつけているのです。
沙門よ、この道は、十人もの人々、いや、二十人もの、三十人もの、四十人もの人々が集まって、進むのです。それでも、盗賊アングリマーラのにかかって消されてしまうのです」

このように言われましたが、尊師は黙って進んでいきました。

再び、牛飼いや家畜番や農夫たちや(忙しく)走り回っている者たちは、尊師にこう言いました。

「沙門よ、この道を進んではいけない。沙門よ、この道には、アングリマーラという盗賊がいます。残忍で、手を血に染めて殺しに没頭し、生き物たちに情け容赦もありません。こうして、村々は村々でなくなり、町々は町々でなくなり、国々は国々でなくなりました。かれは、人々をさんざん殺して、(かれらの)指で作った首飾りをつけているのです。
沙門よ、この道は、十人もの人々、いや、二十人もの、三十人もの、四十人もの人々が集まって、進むのです。それでも、盗賊アングリマーラの手にかかって消されてしまうのです」

二度目も、尊師は黙って進んでいきました。

三度目に、また、牛飼いや家畜番や農夫たちや(忙しく)走り回っている者たちは、尊師にこう言いました。

「沙門よ、この道を進んではいけない。沙門よ、この道には、アングリマーラという盗賊がいます。残忍で、手を血に染めて殺しに没頭し、生き物たちに情け容赦もありません。こうして、村々は村々でなくなり、町々は町々でなくなり、国々は国々でなくなりました。かれは、人々をさんざん殺して、(かれらの)指で作った首飾りをつけているのです。
沙門よ、この道は、十人もの人々、いや、二十人もの、三十人もの、四十人もの人々が集まって、進むのです。それでも、盗賊アングリマーラの手にかかって消されてしまうのです」

やはり、尊師は黙ったまま進んでいきました。

ところで、盗賊アングリマーラは、遠くから尊師がやって来るのを見ました。見て、このような思いがわきました。

「ああ、何と希有なことだ。ああ、何と未曾有なことだ。この道は、十人もの人々、いや、二十人もの、三十人もの、四十人もの、五十人もの人々が集まって、進むのだ。それでも、わたしの手にかかって消されてしまうというのに。ところが、あの沙門は、一人で、あえて連れもともなわずにやってきているように見える。一体全体、わたしは、あの沙門の命を奪ったらよいのだろうか、どうなのだろう?」

さて、盗賊アングリマーラは、刀と盾をとって弓矢を身につけて、後ろから追いかけていきました。その時、尊師は、神通力を用いて、盗賊アングリマーラが、自然に進んでいく尊師に、全力で追いかけても追いつけないようにしたのでした。そこで、盗賊アングリマーラには、このような思いがありました。

「ああ、何と希有なことだ。ああ、何と未曾有なことだ。かつて、わたしは、駆けている象をも追いかけてつかまえているのだ。駆けている馬も追いかけてつかまえている。走っている車も追いかけてつかまえているし、走っている鹿も追いかけてつかまえている。しかし、わたしは、自然に歩いて行くこの沙門を、全力で追いかけても追いつくことができない」

立ち止まって、尊師に、このように言いました。
「止まれ、沙門よ」「止まれ、沙門よ」
「止まっているのはわたしだよ、アングリマーラよ、だから、おまえが、止まりなさい」

そこで、盗賊アングリマーラは、このように思いました。

「釈迦族の子である、これらの沙門たちは、真実を語る者であるし、また、みずからも真実であると公言する者たちだ。だが、あの沙門は、歩いているのに、こう言ったのだ。『止まっているのは、わたしだ。アングリマーラよ、おまえが止まれ』と。ならば、わたしは、この沙門に尋ねてみよう」

そこで、盗賊アングリマーラは、尊師に、詩によって話しかけました。


「沙門よ、歩いているのに、おまえは、『止まっている』という。
そして、わたしを、止まっているのに、『止まっていない』という。
おまえに、この意味を尋ねよう、沙門よ、
どうして、止まったのがおまえで、わたしは、止まっていないのであるか?」

「止まったのは、わたしだ、アングリマーラよ、
常にあらゆる生き物に刀杖を置いてしまった。
だが、おまえは、命あるものたちに節制がない。
だから、止まったのはわたしで、おまえは、止まっていないのだよ」

「ようやく遂に、わたしのために、
供養されたる大仙人であるかの沙門は、大いなる森に現れた。
法に結びついたあなたの詩を聞いて
わたしは、遂に、悪を捨てよう」

こうして、盗賊は、刀と武具を、深い崖の淵に投げ捨てた。
盗賊は、善く逝ける者(=ブッダ)の足下にひざまずいた。
その場で、かの人に、出家を乞うた。
ブッダは、実に、憐れみ深い大仙人であり、神とともなる世間の教師である、
そして、その時、「来なさい、比丘よ」と、かれに告げたのであった。
この瞬間、かれは比丘になったのであった。


         ―――


さて、尊師は、後に付き従う尊者アングリマーラとともに、サーヴァッティーへと遊行していきました。遊行しながらほどなくサーヴァッティーに到着しました。そこで、実際、尊師はサーヴァッティーのジェータ太子の林にある給孤独長者の園林に滞在しました。

その時、パセーナディ・コーサラ王の王宮の門のところで、大勢の人々が集まって、声高に大声をあげていました。

「王さま、あなたの国にいるアングリマーラという盗賊は、残忍で、手を血に染めて殺しに没頭し、生き物たちに情け容赦もありません。こうして、村々は村々でなくなり、町々は町々でなくなり、国々は国々でなくなりました。かれは、人々をさんざん殺して、(かれらの)指で作った首飾りをつけているのです。王さま、かれを防いでください」

そこで、パセーナディ・コーサラ王は、五百頭ほどの馬とともにサーヴァッティーから出て、朝早く園林へと出発しました。車で行けるところまで車で行き、車から降りて、足で歩いて尊師のところに近づきました。近づいて、尊師に敬礼して一方の隅に座りました。一方の隅に座ったパセーナディ・コーサラ王に、尊師は、このように言いました。

「大王よ、マガダ国のセーニヤ・ビンビサーラ王を攻撃するのですか、それとも、ヴェーサーリーのリッチャヴィー族を攻めるのですか、それとも、他の王敵たちを攻めるのですか」

「尊師よ、わたしは、マガダ国のセーニヤ・ビンビサーラ王を攻撃するのではありません。ヴェーサーリーのリッチャヴィー族を攻めるのでもありませんし、他の王敵たちを攻めるのでもありません。尊師よ、わたしの国に、アングリマーラという盗賊がいます。かれは、残忍で、手を血に染めて殺しに没頭し、生き物たちに情け容赦もありません。こうして、村々は村々でなくなり、町々は町々でなくなり、国々は国々でなくなりました。かれは、人々をさんざん殺して、(かれらの)指で作った首飾りをつけているのです。尊師よ、わたしは、逃さないでしょう」

「大王よ、もし、アングリマーラが髪とひげを剃って、袈裟衣をまとって、家から出て家なきものとなって出家し、生き物を殺すことから離れ、与えられていないものを取ることから離れ、うそを語ることから離れ、一日一食で、清浄行を行い、戒をそなえ、善法をもつ者となっているのを、あなたが見るならば、かれをどうするのでしょうか?」

「尊師よ、わたしは敬礼しましょう、立ち上がり(迎え)ましょう、また、座をもって勧めましょう、衣と施食と臥坐具と医薬資具によって招待いたしましょう、かれのために、法にしたがって保護し守り守護するようにはからいましょう。しかし、尊師よ、戒を壊し悪行のかれに、どうして、このような戒の節制がありましょうか?」

さて、このとき、尊者アングリマーラは、尊師の近くに座っていました。そこで、尊師は、右腕を前に差し出し、パセーナディ・コーサラ王に、このように言いました。

「大王よ、この人がアングリマーラです」

その途端、パセーナディ・コーサラ王に、恐怖が起こりました。戦慄が走りました。身の毛がよだちました。そのとき、尊師は、パセーナディ・コーサラ王が、恐怖して、驚愕して身の毛がよだったのを見て、このように言いました。
「恐れることはありません、大王よ、恐れることはありません。あなたには、かれからの恐れはありません」

そこで、パセーナディ・コーサラ王に起こった恐怖や戦慄や身の毛のよだつことは、鎮まりました。
さて、パセーナディ・コーサラ王は、尊者アングリマーラのところに近づきました。近づいて、尊者アングリマーラにこのように言いました。

「尊者よ、それでは、貴下がアングリマーラですか」

「そのとおりです、大王よ」

「尊者よ、貴下の父上はどのような姓ですか、母上はどのような姓ですか」

「大王よ、父は、ガッガで、母は、マンターニーです」

「貴下、ガッガ、マンターニーの子は、お喜びください。わたしは、ガッガ、マンターニーの子である貴下に対して、衣と施食と臥坐具と医薬資具を熱意をもって用意いたしましょう」

ちょうどその時、尊者アングリマーラは、森に住む者であり、托鉢乞食をする者であり、糞掃衣をまとう者であり、三衣もつ者でありました。そこで、尊者アングリマーラは、パセーナディ・コーサラ王に、このように言いました。
「じゅうぶんです。大王よ、わたしには、三衣でじゅうぶんなのです」

そこで、パセーナディ・コーサラ王は、尊師のところに近づきました。近づいて、尊師に礼拝した後、一方の隅に座りました。一方の隅に座ったパセーナディ・コーサラ王は、このように言いました。

「希有なことです、尊師よ、未曾有なことです、尊師よ。これほどまでに、尊師は、調御されていない者たちを調御する者、静まっていない者たちを静める者、般涅槃していないものたちを涅槃に導く者なのです。尊師よ、わたしたちが、棒によっても刀によっても調御できなかった者を、尊師は、棒にもよらず、刀にもよらず、調御したのですから。
さあ、今や、わたしたちはおいとましましょう。わたしたちは、多忙で多くのなすべきことがあります」

「大王よ、今が、そうするときだとお考えなのですね」

こうして、パセーナディ・コーサラ王は、座より立ち上がって、尊師に礼拝して、右回りにまわって、立ち去りました。


さて、尊者アングリマーラは、早朝、内衣をつけて、衣と鉢を取って、サーヴァッティーへと托鉢のために入っていきました。尊者アングリマーラは、サーヴァッティーで、托鉢のため家ごとに行じてまわっていると、異常妊娠して難産の気のある一人の女の人を見ました。見て、このような思いがわきました。

「ああ、実に、汚れに染まっているのは、生ける者たちである。ああ実に、汚れに染まっているのは、生ける者たちである」

さて、尊者アングリマーラは、サーヴァッティーを托鉢のために歩きまわった後、食後、托鉢から戻って、尊師のところに近づきました。近づいて、尊師に敬礼した後、一方の隅に座りました。一方の隅に座った尊者アングリマーラは、尊師に、このように言いました。

「尊師よ、今日、わたしは、早朝に内衣をつけて、衣と鉢を取って、サーヴァッティーの中に托鉢のために入っていきました。じつに、尊師よ、わたしは、サーヴァッティーの中を托鉢のために家ごとに歩きまわっていると、異常妊娠した難産の気のある一人の女の人を見ました。見て、次のような思いがわたしに起こりました。
「ああ、実に、汚れに染まっているのは、生ける者たちである、ああ、実に、汚れに染まっているのは、生ける者たちである」

「それなら、アングリマーラよ、おまえは、サーヴァッティーに行きなさい。行って、その女の人にこのように語りなさい、『姉妹よ、わたしは、生まれてからずっと、生き物の命を故意に奪ったという経験はありません。この真実によって、あなたは安穏でありますように。胎児が安穏でありますように』」

「尊師よ、おそらく、それは、わたしには、意識的にうそ偽りを語ることになるでしょう。なぜなら、尊師よ、わたしによって、多くの生き物の命が故意に奪われているからです」

「では、アングリマーラよ、おまえは、サーヴァッティーに行きなさい。行って、その女の人に、このように語りなさい、『姉妹よ、わたしは、聖なる生まれに生まれて以来、生き物の命を故意に奪った経験はありません。この真実によって、あなたは安穏でありますように。胎児が安穏でありますように』」

「そのとおりにいたします、尊師よ」と、尊者アングリマーラは、尊師に答えて、サーヴァッティーに行きました。行って、その女の人に、このように言いました。

「姉妹よ、わたしは、聖なる生まれに生まれて以来、生き物の命を故意に奪った経験はありません。この真実によって、あなたは安穏でありますように。胎児が安穏でありますように」

すると、女の人は安穏となり、胎児は安穏となりました。

ところで、尊者アングリマーラは、一人離れて、怠ることなく、熱心に、みずから精進して住しておりますと、ほどなく良家の子が、正しく家から出て家なき者となって出家する目的である、無上の清浄行の完成を、現法(=現世)において、みずから証知して、直証して、到達して、住しました。
「滅尽したのは生まれである。成し遂げられたのは清浄行である。為されたのは、為すべきことである。再びこの(輪廻の)状態に行くことはない」と証知しました。
そこで、尊者アングリマーラは、阿羅漢の中の一人となりました。


さて、尊者アングリマーラは、早朝に内衣をつけて、衣と鉢を取って、サーヴァッティーの中に托鉢のために入っていきました。しかるに、その時、他の人によって土の塊が投げられて、尊者アングリマーラの身体にあたって落ちました。また、他の人によって、棒が投げられて、尊者アングリマーラの身体にあたって落ちました。また、他の人によって、石の粒が投げられ、尊者アングリマーラの身体にあたって落ちました。
 
その時、尊者アングリマーラは、頭に怪我をし、血が滴って、鉢が壊れて、大衣が引き裂かれて、尊師のところにやって来ました。尊師は、尊者アングリマーラが遠くからやって来るのを見ました。見たのち、尊者アングリマーラに、このように言いました。

「おまえは堪え忍びなさい、バラモンよ。おまえは堪え忍びなさい、バラモンよ、おまえは、行いの結果として、何年も、何百年も、何千年も、地獄で苦しむことになるその行為の結果を、おまえは、バラモンよ、現世において、経験しているのだから」

さて、尊者アングリマーラは、独坐静観して、解脱の楽を感受していたその時、この感興のことばを発しました。


かつて怠慢に過ごし、その後、怠らずにいる人、
かれは、この世界を照らす、あたかも雲を離れた月のように。
行った悪い行いが、善によって覆われるなら、
その人は、この世界を照らす、あたかも雲を離れた月のように。
実に、年若い比丘でも、ブッダの教えにおいて努力するなら、
かれは、この世界を照らす、あたかも雲を離れた月のように。
わたしを怨む者たちは、実に、法の語りを聞きなさい。
わたしを怨む者たちは、法の教えと結びなさい。
わたしを怨む者たちは、法を取らせてくれる善き人々、
そのような人々に親しみなさい。
わたしを怨む者たちは、実に、忍耐を説く人々の、無矛盾を賛嘆する人々の、法を
聞きなさい。そして、適切な時に、それに従いなさい。
そのようなかれは、決して、わたしを殺すまい、決して他の誰をも殺すまい。
最高の寂静を得て、動くもの動かないものを守るがよい。
水を通すのが治水工である。矢作りは、矢を真っ直ぐにする。
木材を真っ直ぐにするのは木工であり、自己を調御するのは賢者である。
ある人々は、棒によって、鉤によって、鞭によって調御する。
棒も用いず、刀にもよらず、わたしは、そのような人により調御されている。
かつては殺害する者だったが、「アヒンサカ(不害のもの)」というのが、
わたしの名前である。
今や、わたしは、名前のとおりである。どんな者をも傷つけることはない。
以前、わたしは、盗賊で、アングリマーラと名を馳せた。
大暴流に運ばれながら、ブッダという帰依所にやってきた(=ブッダに帰依した)。
かつて、わたしは、手を血で染めて、アングリマーラと名を馳せた。
帰依しているのを見なさい。生存に導くものは、取り除かれた。
悪趣に向かう、このような行いを多く行ったあと、
行いの結果に触れられて、負債なく、わたしは食べ物を食している。
愚かで無知な人々は、懈怠のうちに日を暮らす。
智慧ある者は、精勤することを、最高の財のように守っている。
懈怠のうちに日を送ってはならない。欲楽に親しんではならない。
怠ることなく、心を静めているならば、広大な楽を得る。
よくやって来た、もはや去ることはない。これは、わたしにとって悪い思索ではない。
分別された諸々の法のうち、最高のものに、わたしは到達した。
よくやって来た、もはや去ることはない。これは、わたしにとって悪い思索ではない。
三明(三つの智)が獲得された。ブッダの教えが為し終えられた。


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