はじめに
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| 本書は、過去にわたしが発表してきた論文を、一つの目的に添ってまとめた論文集である。およそ2600年前のことだが、釈迦族の王子ゴータマは何か善いものを求めて出家したと、パーリ語経典『大般涅槃経』の中に述べられている。それから50年以上、沙門ゴータマは善いものを探究し続け論理(ニャーヤ)である法(ダンマ)の地 で活躍してその命を終えたのである。今日、ブッダの教えは人々の間に広まって、仏教という宗教として行きわたっている。仏教は、したがって、論理的で理性的な宗教であるとよく言われるし、また、善悪をわきまえた善いものに満たされた宗教なのである。 さて、わたしは、大学で論理を求めてインド哲学の世界に入っていった。ブッダと比べて恐縮だが、わたしは、あらゆるところに通用する普遍的な真理を求めていた。善いことは、当然その中に含まれていると想ったので、「何か善いもの」を特に求めることなく、ただその通りであること、すなわち、正しいことだけを求めていたのである。こうして、真理につながる「論理」ということに関心が向かったのである。 このため、インドの論理学派ニヤーヤ学派を研究対象に選んで、それを追い続けていった。研究対象は、人間の営みにかかわるものなので多様な価値観の元ではさまざまに解釈されるかもしれない。しかし、原理原則上の根本の考え方には「何かしら正しいこと」というようなものがあるのではないかとわたしは思っていた。 実際に、取り組んだニヤーヤ学派のさまざまな教説は、ほんとうに正しいのかどうかは容易に分からなかったが、少なくとも、事実というものに照らし合わせて「その通りであること」を求める学派であるようには見えた。 ニヤーヤ学派の根本の教典を学び、次第に後代の註釈的研究へと研究を進めていった。そのあたりのことは、第二章の諸論文によく表れていると思う。彼らニヤーヤ学派は、仏教の論理学と対立的な関係にあり、ことごとく対立して論争を起こし、争っているように見えたのである。そのことも、第二章の論文群に反映されている。 なぜ、こうまで仏教と争うのか。論理は普遍的であるはずなのに、こんなに争っているなんて、どちらに非があるのだろうか。それに、いずれにせよ、対立しているということは、唯一の真理というものが存在しないことを示しているようにも見える。ますます疑問が深まったわたしは、長年二の足を踏んできた禁断の果実ともいうべき書に手をつけることにしたのである。それが、『方便心論』という仏教の立場で書かれた論法の書だったのである。 ニヤーヤ学派の理知的な態度からみると、『方便心論』はデタラメな論法もどきの書に見えた。しかし、不思議なことに、『ニヤーヤ・スートラ』を著した著者アクシャパーダやその注釈者ヴァーツヤーヤナは、非常に熱心に『方便心論』批判を行い、逐一とりあげて否定しているようだった。ほんとうにデタラメな書であるなら、ここまで批判するだろうか。漢訳のみ残されている短いみすぼらしい論法の書『方便心論』。それは、ニヤーヤ学派の根本教典『ニヤーヤ・スートラ』の前に立ちはだかって、行く手を阻む大きな障害物だった。 『方便心論』というのは、取り組んだ当時は、何を言いたいのか分からない、気が重くなるような非論理的な書であるような気がしたものだった。最初は、敵対心を持って『方便心論』に取り組んでいった。それについては第三章のいくつかの論文に反映されている。 手がかりの少ない『方便心論』と格闘するうち、わたしに一大革新が起こったのであるが、その革新を論文に著したのが、「インド論理学史における『方便心論』の反論理学―論詰論法の論理形態―」である。これがわたしの転機である。 ここで『方便心論』を著した作者が誰かを確信し、また『方便心論』が何の書であるのかを深く理解したのである。作者は龍樹であり、『方便心論』は仏教の立場を明らかにする論理・論法の書であり、そして、またブッダ以来はじめて空の立場に立って「諸法無我」という法を証明すべく語った書である、ということを理解したのである。 しかし、『方便心論』はそれだけの書ではない。他に、もう一つ、ブッダの法に添った大事な理論が隠れている。それを著したのが、第三章最後にある「「六句論議」と「似因」をめぐる問題」という論考である。六句論議というのは、龍樹が示した議論のモデルケースで、これによって論理・論法の究極の理論が示されたのである。 理論体系は無矛盾であれば、そのことは体系内部では証明できない。このことを示したものとして、「六句論議」は論法の要となってくるのである。つまり、論理だけでは、真理に到達できないことを示したものと見ることもできるのだが、このことが龍樹によって示され、ニヤーヤ学派はその内容を理解した。このことも、また一層の驚きである。 龍樹は、論法を役に立たないとして捨てるのではなく、論法に、議論のルールを定める手引きの働きを与えたのである。したがって、誤った理由である「似因」や、また、議論を終わらせる「敗北の立場」などが議論の際の規則として整備されていったのである。龍樹は、『方便心論』執筆の目的を、「諸論の門を開くため」と「戯論断滅のため(言語世界を断ち滅するため)」としている。インドの哲学は、このように議論のルールが早々に定められたので、各派が自らの立場を論理の側面から整備し、互いに活発な議論が起こって切磋琢磨し合ったと言える。まさに、龍樹のおかげで「諸論の門を開い」たと言えるだろう。 そしてまた、「戯論断滅のため」というのは、自ら主張することなく他と争わないことによって言語世界や思惟世界が鎮まっていくことを指している。 このように、『方便心論』は、非常に短い書であるが、その内容は驚くほど豊富である。 まず第一に、『方便心論』は、宗派を超えた普遍的な立場に立った論法の書である。さらに、仏教の立場に立って見るならば、空を理論的基礎とするブッダの法の註釈書である。それは戯論断滅を示している。 わたしは、この「六句論議」に関する論考をしあげて、『方便心論』は龍樹が作者であるとますます確信した。ブッダの法は流れるようにすべて龍樹に注ぎ込まれ、龍樹は仏法をブッダと同じレベルで展開したからである。 真理であると、「ただ想いによってそう思っているだけ」(886偈)であると、ブッダは『スッタニパータ』「八偈品」の中で説いている。そして、龍樹は『方便心論』を表して、そのことを示したのである。 ニヤーヤ学派から仏教へと関心が移っていったわたしは、龍樹著作の研究を始めていった。これは本書の第四章の内容である。第四章では、『大智度論』と『十二門論』が題材である。今日、龍樹の著作は、『中論頌』以外は真撰と認められていない状況だが、龍樹著作とされてきたものは龍樹が書いたものと思って間違いないと思う。そこで、龍樹真撰を明らかにする目的でこれらの論文を著した。『大智度論』も『十二門論』も漢訳のみ残された貴重な書であり、『大智度論』には、論法の絡んだ四悉檀説が説かれている。四悉檀説は、『方便心論』の論法の応用であり展開図である。龍樹がブッダの法に忠実に応用したものである。 また、『十二門論』では、論法の中の「似因」を扱う個所に問題があり、ここにも『方便心論』が絡んでくる。名訳で名高い鳩摩羅什も、龍樹の意図を見抜くまでに至っていないと思う。それを論文で示している。「一切」を問題にすれば、証明も反証もできない問題が持ち上がり、自らを真理と主張すれば当然他者と争うことになる。空性とは、見解をもたず、そこから離れることである。 もう一つ、『百論』と『大智度論』を扱った論文も、龍樹の論理解釈の卓越性を示すものである。インドのヴァイシェーシカ学派との哲学的議論に龍樹の論理解釈の一貫性を見るのである。 最後になるが、第一章は、最終的なわたしの目標である、ブッダの「一切智」についての探究である。従来の歴史的な研究と比較して普遍的な真理すなわち仏法を、「論理(ニャーヤ)」としてとらえているところが特徴である。 また、「従来の研究の展望と、本書の方法論」では、論理を扱うことが、「一切智」に関わる方法論となりうることを歌い上げるものである。第一章でも触れたが、歴史的な研究だけではなく、法として普遍的な真理を求めるという態度は、方法論を生み出しうる。たとえ、真理は証明できないことが理論的に示されたとしても、すべてが無意味となるわけではない。ブッダの法の体系は無矛盾であり完全である。ブッダの法を信ずる者たちにおいては、苦しみのない境地である涅槃は論理として確実に示されているわけだから、おおいに意味のあることである。 ブッダの「一切智」は、論理的観点から出てきたものであることをふまえた上で、最終的に、龍樹の『中論頌』の解説へと移行していく予定である。はからずも、わたしは、この論文集の中で一つのテーマを何度も何度も視点を変えて取り上げ、語ることになってしまった。戯論断滅に達するまで、何度一つのことをちがう角度から語るのだろうか。本書を読んでいただく場合、ただ機械的に各語にアクセスするのではなく、そうしたわたしの思考の流れ(=論理)と共に、それぞれのことばに託した意味をくみ取っていただければと願っている。そのため、あえて索引は省略した。 かつて龍樹が行った事もこうしたことだったのではないかと思っている。この論文集は、龍樹の著した『中論頌』への序章としてみなさまに届けたい。 |