忘れても忘れなくてもいいよ

未分類

散歩の道にありました。たぶん、オオデマリだと思うけど、違うかもしれない。

全体を見るとこんな感じです。ワンちゃんを散歩させてる人もいる。大きなわんこも居れば小さいのも居てかわいいね。

亡霊となった息子は、先に行ったり後に行ったりしている。嫌そうでもなく、うれしそうでもないところが息子らしい。ただ花には興味がなかったようですね。花より団子の系統だね。子供の時は「すあま」という和菓子が好きだった。。もようです。。今も好きかはわからない。

まあ、だんだん忘れてくるだろう。

ゴーディカという比丘が亡くなったとき、お釈迦様は、黒い煙のようなものが空を舞う姿を認めて、こう言いました。

「比丘たちよ、黒い煙のようなものを見るか?あれは悪魔がゴーディカの「識(五蘊の一つ、色受想行識)」を求めて探し回っているのだ。ゴーディカは完全に妄執を根こそぎにして消え失せた。ゴーディカは涅槃に入った」と。

息子は、輪廻してるだろうから、涅槃に行ったとは言えないだろうけど、息子の識は意外と守られていそうな気がする。たぶん、自分で自分の識を守っているんだろう。

悪魔に息子の識は奪われないだろうなと思ったりする。。がんこだし。

それより何より、わたしの「識」の方が心配だ。悪魔にコロッとだまされたりしそうだもん。

コメント

  1. えび天サンバ より:

    >亡霊となった息子は、先に行ったり後に行ったりしている。嫌そうでもなく、うれしそうでもないところが息子らしい。

    いかにもエム先生の話らしい。誰が何をしようと、問題はエム先生の識ということで、ブッダがどうやって人々を導いたのかのプロセスが分かりますね、流石。それで思ったのは葬式仏教も、生前からちゃんと人々との関係性を紡いでいるなら、まんざらでもないかな、と思います。

    •  春間 則廣  より:

      > >亡霊となった息子は、先に行ったり後に行ったりしている

         亡霊に された ○○ は 、先にされたり後にされたりしている

                       先後 の 妄想

      • mani より:

        春間さま 

        >亡霊に された ○○ は 、先にされたり後にされたりしている

        あらまあ、こんなになっちゃった。妄想 でも良いか、って思ってます。

        •  春間 則廣  より:

          > 妄想 でも良いか、って思ってます。

           良いか悪いか で 片づけられる問題

          • mani より:

            春間さま 

            >良いか悪いか で 片づけられる問題

            そうだね。何でも 片づけられる問題だ!

          •  春間 則廣  より:

            > そうだね。何でも 片づけられる問題だ!

              問題 は   “ どのように片付けるか  という問題 ”  

                     こういう問題  は 簡単に 片づけられる 、、、、

          •  春間 則廣  より:

             
            > ***********

            > そうだね。何でも 片づけられる問題だ!

              問題 は   “ どのように片付けるか  という問題 ”  

                     こういう問題  は 簡単に 片づけられる 、、、、

            > ***********

                   “ こういう問題  は 簡単に 片づけられる 、、、、 ”

              どういう問題 か  という 問題    も

                 片づけ  という 片鱗 に 追いやられる

               何でも 片づけることはできるが ( 何 とは  出来事・事象 )

                どういう心   で   そこへ 片づける心 を 起こすか
                という問題

              ( そうだね  という  相槌 を 振り落とすとき

                             あなたの 頭 は 割れる )

               振り落とす前 と ふり降ろし後 ・ 割れる前 に 割れている心

               割れ方  が  理解できているのだろうか 、、、、、

                「 心 」  というものは いつも 分枝点 に 立つ

                  善いか 悪いか  という
                           自分にとっての 善悪・好嫌 の 分疑

              疑う心 は  ( 決して )  疑うことがない

                              「 自己 」 の 中心  から 生まれてくる   

             Su.1068   ドーナタ かな ?  そなた かな ?       462   
                  「 ドータカよ。上と下と横と中央とにおいてそなたが気づいてよく知っているものは何であろうと、──それは世の中における執著の対象であると知って、移りかわる生存への妄執をいだいてはならない」上と下と横と中央とにおいてそなたが気づいてよく知っているものは何であろうと、──それは世の中における執著の対象であると知って、移りかわる生存への妄執をいだいてはならない 」   

               心の中から 生まれ出る “思い”  は  何処へ ( 「 輪廻 」 )

             Su.462   ( 出典 中村 元 訳 岩波文庫「 ブッダのことば 」 p. 95 )

             「  生れを問うことなかれ。行いを問え。火は実にあらゆる薪から生ずる。  」

                善悪 という 料簡(知らず量る心) から  

                 悪 である 善   が  生まれ出る

              ( 「 善 」 なる 「 道 」 は  古城へと続き 
                       悪魔デモ 道 を 歩むこと は 同じである  )

               煩悩の火 は  あらゆる  「 輪廻 」  に  つき纏う 、、、、

                開き直る  時  の    開き方 を 問う

    • mani より:

      エビ天サンバさま こんばんは。

      > 葬式仏教も、生前からちゃんと人々との関係性を紡いでいるなら、まんざらでもないかな、と思います。

      やっぱ、仏教はお葬式だよな、と思います。お葬式の時だけではなく生前から苦について語っていれば。。、ってちょっと思ったりしました。

      無我ということをもっと打ち出せないか、って思ったりします。

      • えび天サンバ より:

        えむ先生おはようございます。

        >無我ということをもっと打ち出せないか、って思ったりします。

        これやるのにはやはり、中論を身に着けるしかないですかね。

        • mani より:

          エビ天サンバさま こんにちは。

          そうかあ。『中論頌』に行っちゃうか。
          もう少しなんだけどなあ。がんばりまっせ。
          第22章がおわったところです。あと、もうちょっとだ。

          • えび天サンバ より:

            エムせんせ、こんにちは。

            無我はハードル高いので、中論頌読んだくらいでは無理かも、とか(読んでから言え、とか。汗)暑いのでほどほどに頑張って下さいませ。

  2. 赤い実 より:

    先生、こんにちは。
    すごい素敵な散歩道だなぁ。
    写真の雰囲気だとけっこう涼しそう。

    冬に私の従兄弟が亡くなりました。
    穏やかで優しい人だったのもあり、そしてまだ若かったのもあり、皆が悲しみました。
    鉄のような心(自称!)の私も一報に涙が止まりませんでした。
    叔母はわりとしゃんとしてましたが、ひとりのときには悲しみにくれることもあったと思うし今もそうかもしれないです。
    今はどうかはわかりませんが、毎日、三度、ご飯とおかずをお供えしてたそうです。
    ずっとひとり暮らししてて離れて暮らしてて、戻ってきたから世話したいのだと思いました。

    無理に忘れようとしなくてもいいのかもしれない、って思います。
    時の流れはたぶん優しいですよね。

    • mani より:

      赤い実さま 散歩道はムシムシして、意外なことにあんまり涼しくないです。

      赤い実さまも従兄弟の方を亡くされたんですね。

      三度のご飯をお供えしてるんですね。うちは栄養剤を胃瘻から入れてたので、普通におかしをお供えしてます。

      >時の流れはたぶん優しいですよね。

      そうだと思ってます!自然に任せています。 

  3. ぎんた より:

    先生、あの、ぎんた悪魔っていうのが、わからないんです。ゴーディカっていうのは、
    実際にいた人なんですよね?でも、悪魔って固有名詞じゃないから、、、、、

    悪魔って、神でほとけの人間が自分の中に飼っていて、たまに自分の心の中に出現
    するものって感じですけど、ちゃんとずっと悪魔をやってる有名な人がいるんですか?

    悪魔的にうめぇ!!!とか、今でいうと「ギルティ」○○みたいにうたってる
    食べ物とかが、正しい修行やら、安全な食生活の妨げになるもの、みたいな感じで
    「悪魔」と表現するのはわかるのですけど。心の中に悪魔がいるな、と思う時、
    そこに向かって修行するわけだから、逆にモチベーションが持続する感じで、修行を
    助けてくれると思います。そういう感じで、仏教にレギュラー出演しているのでしょうか?

    • mani より:

      ぎんたさま 難しい質問だなあ。

      ゴーディカさんは悟りに行って、自死を選んだとされている人です。自殺はいけないって言われるけど、仏教的にはそうでもないです。
      悪魔っていうのは、仏教じゃない教えを勧めるものたちじゃないかな、って思ってます。普通の人だけど、常識的な世間的な見方で語る人たちかなあ。たとえば、ブッダが求めるなら寿命を延ばしてみんなを教えることもできるよ、って言ってるのに、「十分教えてみんなわかってるから早く涅槃にお入りよ」って勧める人を「悪魔よ」と呼んでます。

      見るからに悪魔ってわかるのじゃなくて、仏教の、たとえば諸行無常を認めないとか、そんな事あるごとにブッダに反対する人かな、って思ったりします。
      うまく説明できてないような気がする。。。けど、これで察して。

      時々反対する、普通の人じゃなくて、頑固に仏教に反対する人かも。
      だから心の悪魔という感じでなくて、意見として、がっちり持ってる人みたいです。

      • ぎんた より:

        んんん??

        ぎんたちょっと、悪魔っぽくないですかーーー!?

        • mani より:

          ぎんたさま おはようさん。

          >ぎんたちょっと、悪魔っぽくないですかーーー!?

          ないない!天使かどうかはわからんだけど、悪魔っぽくはないです。

          慈悲喜捨の捨って有るでしょ。「捨」というのは難しいよね。下手すると他人の煩悩を喜んでいるようにも見えるし、他人の煩悩に振り回されているようにも見えるし、ね。

          全然関心を持たない、ってことだよね。いかにも天使っぽく振る舞うことはできるかもしれないけど、本当に「捨」ということができるのはお釈迦さんくらいかなあ。

          •  春間 則廣  より:

            > 本当に「捨」ということができるのはお釈迦さんくらいかなあ。

              本当 を 普通に知る

              本当の 「捨」 とは  どういうことかを 知るところから 

                   「 道 」 は 始まるけれど

              どこに  「 道 」 があるかを  「 顛倒 」 する

               むやみやたらに    お釈迦さん  と     名を呼んで 呼び出す

               無闇 ではない  と  明るく照らし出される  悪し 元 を ご覧あれ

               「無明」 を 言い換えると (慣れ親しむ)    「 知 」  と なる

              お釈迦さま は  なぜか   ほほえみ を 絶やさない

                   怒って見える     あなたの 眼 の せい 

          • ぎんた より:

            先生、ものすごくわかり易い悪魔の解説、ありがとうございます!!

            「捨」は、できた時に、「でーきたーーー♪」と思えるものなんですかねぇ?
            イメージできません。

            仏教を考えた本人しか出来ないんじゃ、かなり厳しいですねぇ
            制度設計がなってないような、、、、、

          • mani より:

            ぎんたさま こんばんは。

            >「捨」は、できた時に、「でーきたーーー♪」と思えるものなんですかねぇ?

            どうなんだろうねえ。
            わたしはできたことがないのでわからんです。

            でも、お釈迦さんが言う気持ちはわかる。。
            本人に任せるってことだと思う。

            昔、母が妹に口を酸っぱくして、お説教してたんだけど、妹は全然聞いてなくて、それから大きくなったら、母と同じことを、い・ま、説教してます。

            いもうといわく、昔は「うざい」と思ってたけど、自分が大人になったら、「ちゃんと勉強しなくちゃだめだ」ってわかったよ、って、言ってます。

            結局、捨って言うのは、自分で気づくしかないってこと、だよね。

    • 赤い実 より:

      仏教にリアルに感謝しているという話です。(先生、すみません。この場をお借りします。)
      何がというと、お墓を考えておきたいと思いあれこれ探したところ、お寺には永代供養墓を管理料がかからない、もしくは入墓する人の生前だけ管理料を支払うというかたちで販売(という言い方でいいのかな)しているところが少しですがあるのですね。
      そして、檀家にならなくてもよい、料金も驚くほど安いというお寺が探すとあるのですね。
      各地にあるみたいです。
      そんなわけで、うちも近いうちに契約するつもりです。

      墓じまい、新しくお墓を考えてるけど子孫に負担をかけたくないなどでお墓について考えてる人は多いらしいです。
      私もそうだったように。

      良心的なお寺はあります。
      (なんと、宗教自由で他の宗教をしている人がお墓だけを利用することも可能なのです。)
      それがとても心強いし、いざというときに心が軽くなるってそれがもう慈悲だよね、と思うのです。
      宗派を書くと身バレしそうなので触れませんが、なんだか嬉しくなってそこの宗派のことをいろいろ知りたいと思うくらいありがたく思っています。
      まったくの無宗教だったのにこうして縁はつながるのだなと。

      • ぎんた より:

        赤い実さん、こんにちは!!良いところを見つけたんですね?

        それは「合祀」っていう骨壺から出して納骨するやつですか?
        銘板代は含まれますか?
        納骨料や開眼法要のお布施とか別途掛りますか?

        などなど色々訊きたいですが、たしかに詳しく書いてしまったら、
        もしかして、ここでわ??ってなっちゃいますもんねぇ。。。

        ちなみにぎんたの婚家は、市営の墓地がありますが、いずれ墓じまいして、同じ敷地内の
        合祀のところに移る予定、、、ですけど、配偶者のどちらかが先に逝き、独りになった方は
        誰が手配してくれるんだろうか、、、とか思っています。(別に調べてはいません)

        その辺のシステムが、これからの多死社会に備えて整備されていくのかなーと思います。
        上野千鶴子とかがやるのかな?(介護保険作ったんだから、またなにか作るのかな?と
        思って観察しています)

        そういえば、生け垣の缶のごみ、どうなりましたか?ぎんたのところのテニスボールは
        相変わらず、毎月捨てられています。。。

        • 赤い実 より:

          ぎんたさん、こんばんは!

          お墓は合祀です。
          最初はうちの旦那が絶対に嫌がると思ったのだけど、ところがところが、後々のことを考えたらそのほうがいいと自ら言い出したのですよ。
          私の想像では、お寺の雰囲気がとても信頼できる感じだから、形式は気にならなくなったのだと思います。
          最初に定額の金額を納めればそれだけでいいのだけど、そう言われると逆にお布施をしたくなります。
          なのでいずれ納骨の際などには規定になくてもそうするつもりです。(私が先にいったらそうしてもらうと。順番はわからないからね。)

          ぎんたさんのところは公営墓地が既にあるのは安心だね。
          それから、今もう既に、社会福祉協議会などが独居高齢者の身元保証サービスをするというのが各地にあるみたい。
          その中には埋葬についても事前にお願いしておくのがあるらしいです。
          これから、社協に限らず公的機関が関わるそうしたサービスは増えるかもしれませんね。

          ゴミね!、去年あれから警察の方がなんと張り込みしてくれて現場を押さえて注意してくれたそうなのです。
          おかげで以降ゴミなくなりました。
          ぎんたさんのお話のゴミは、個人宅じゃないからなかなか通報ってわけにもいかないのがもどかしいね。

          • ぎんた より:

            >うちの旦那が絶対に嫌がると思ったのだけど、ところがところが、後々のことを考えたらそのほうがいいと自ら言い出したのですよ。

            そうかー、交渉とか説得とかではなく、あちらから言ってきたと!!ちょっと
            肩透かし、とか、不思議~~位なレベルですねえ。そんなに素敵な所だから、
            現地に行って実際に見てみる、は言葉より数倍説得力あったのかもね。
            でも、もしかしたら赤い実さんの中で、「結果に拘らない」といった、
            余裕みたいなものが生まれて、それが相手に伝わったかも?とか想像します。

            あと、一個思ったのは、もしですよ、今は「墓じまい」とか「断捨離」とか
            ブームですけど、この先、逆に、○○家とかの血縁に拘ったり、
            ○○家のお墓というのを持っていることが、ステータスになったりして、
            赤い実さんの息子さんが、お墓作ろうと思ったけど、両親は合祀だからお骨がない
            残念っ!てなることはないですかね?ないですよね?なんというか、ジャポニスム
            再びみたいな?

            でも、息子さんに迷惑掛からないように、ということならば、息子さんの思いも
            確認したり、意見があれば訊いたり、結局後にお参りに一番通うのは
            息子さんなので、より自分事としてもらうためにも、ぜひ参加してもらったら
            良いのでは?と思いました。

            社会福祉協議会、そうですよね。新聞読んでたらそのうちに出てきそうですね。

            あと!ゴミ!現場を押さえてくださったんですか?!!張り込みまでして。
            素晴らしい~~。良かったです!!

  4. 赤い実 より:

    ぎんたさんへ

    〉でも、息子さんに迷惑掛からないように、ということならば、息子さんの思いも 確認したり、意見があれば訊いたり、結局後にお参りに一番通うのは 息子さんなので、より自分事としてもらうためにも、ぜひ参加してもらったら 良いのでは?と思いました。

    ありがとう!
    息子にはもちろん話してるよ。
    結婚したい気がないらしい(したくてもできないかもしれない、のも)。
    それで、結婚しないときを考え、生前予約を一緒にしてくれや、ってなってます。
    もし結婚して奥さんとのお墓を考えるならその費用は無駄になるとはいえ、見方を変えればお布施になるからいずれにしてもいいかなと。

    民営墓地にお墓参りにいく機会があるのだけど、「管理費が未払いなのでこのままだとお墓の撤去になります」みたいな通告が提示してあるお墓を稀に見ます。
    そうなってしまうと、おそらく霊園でいずれお骨を出して自治体の無縁墓に依頼するのだと思うのね。
    そのために事前に墓じまいする人が多いし、今後も増えると思います。

  5. 赤い実 より:

    ごめん。説明補足です。
    生前予約してくれや、と言ってるのは、息子本人がです。(自分の分も)

    • ぎんた より:

      そうなんですね!完璧だと思います。
      ぎんたの勝手な心配に、丁寧にお答えくださってありがとうございます。