
芥川龍之介の短編「蜘蛛の糸」は、お釈迦様が出てくる。カンダタという主人公が地獄で救われそうになるお話だ。
芥川龍之介 蜘蛛の糸
だけど、救われずに終わってしまうお話なんだけど、日常、よくありがちな話でもある。
四無量心の慈悲喜捨の「捨」に関連するお話と受け止めている。自分で気づけないときは気づけない、ってことだと思う。
他の生き物たちもみんな救われたいんだと気づけてはじめて、他に目がいくということかもしれないね。ということは、誰でも、「菩薩の目」を宿しているということかも。
他人を救う人は大変だね。誰にでも、自分があるから、自分が救われたいと願って行動する。他の人をまず助けて最後に自分が救われようと願う人は’まず‘いない。まずいないけど、そんな光景が、実はあふれている。何気なく差し伸べる手に込められた優しさの切れ端に、みんな、救われている。
誰も、たいしたことはしていないと思っているけど、実は、みんながみんな救われている。
もっとそこに目を向けてもいいんじゃないかって、思ったりする。。
世の中は持ちつ持たれつ、だよね。


コメント
蜘蛛の糸って欧州人の創作で仏典とかジャータカ由来じゃないのですね。
似たような話が人参やネギであるというのは面白い。
人間の好む創作は似てるってことですね。