スーパームーン(讃仏乗)

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息子の撮った写真です。息子は二人です。ちょっと前になるかな。11月5日に撮ってメールで送ってもらったのです。まるまる満月ですね。

お釈迦さまみたいだね。「欠けるところのない」という形容がぴったりです。

菩薩について書いた『十住経』を読んでいて、思ったのです。

欠けるところが多いなあ、われ!。ないものだらけです。「如来の十力」とあるけど、何が十力なんだろう。。って、ずっと思っています。ほしいぞ、十力。

「十力」というのは、たぶん世俗と関わるところで出てくるんだと思う。

きっと「如来の十号」とも関わるんだろうね。十号も、世俗的なものに関連してるからね。

ブッダって、エラいよね。こんな人いないもん。人とすれば、人間界の神様の領域に到達していて、神様とすれば、本当に人間のことがわかってる神様じゃ。

だいたい「神様」って言っても、わたしの眼からすれば不満が多い。

神様なのに、悪い人は地獄に落とすだけだし、ね。。人々を救わなくても良いの、て思ってしまう。

仏さまは、人間を救う。。人間だけでなく動物たちも救うんだぜ。それも、温かい教えで救ってくれる。スーパームーンみたいな仏さまじゃね。

苦しみを払うお釈迦さまは、説法の時から、苦しみを払ってくれる。相手を傷つけないんだ!

説法するけど、お説教はしない。。どこまでも理屈に合っている。どこをとっても矛盾がない。

わたしがお釈迦さまで一番好きなところは、そこだ!「矛盾がない」ところだ。そして、その論理を貫いて住しているところだ。

そして、「矛盾がない」ということは、お釈迦さまは「嘘をつかない」ということであり、「真実語を語る」ということなのです。嘘だらけのこの世で、嘘をつかないお釈迦さま。

完璧だ!欠けるところのないスーパームーンなのです。おわり

コメント

  1. Blume(hana) より:

    石飛先生お久しぶりです、Blume(hana)です。
    突然お邪魔して申し訳ありません。

    実は先生に二点お尋ねしたいことがあります。

    一つ目は、私はマニカナ掲示板が閉鎖した理由が私にあったのだとずっと思っていたのです。
    それは先生に「あなたのせいで掲示板が閉鎖になる」?と言われた記憶がずっと残っていたからです。
    でも多分先生を知る多くの人たちは、先生が個人に直接そのように言われるとは信じられないのだと思います。

    それで私の記憶を引っ張り出してみたところ、「あなたのせいで、めちゃくちゃにかった」?というような言葉を言われた記憶だったのかなと。
    それを掲示板閉鎖になった自分の罪悪感とで、「あなたのせいで掲示板が閉鎖に」という風にとったのか、今となっては思い出せないのですが。。

    私はこのことを自分が書いている掲示板に書いてしまったので、もし間違っていたとしたら、トンデモないことを書いてしまったかもしれないと思いました。

    二つ目は、マニカナ掲示板の終わりころに、なんだか常連ではない人が書き込んで、先生に対して何か言われていたような記憶があります。
    その時先生に、その人は私の別HNだと言われた記憶があります。
    その時は、私ではないので、IPアドレスを調べてくれるように先生にお伝えしたのですが、先生は当時の掲示板の設定PWかな?を忘れてしまったので出来ないというようなことを仰っていて、結局私はそのまま犯人扱いで終わった記憶があります。

    マニカナ掲示板が終わったのが2023.3.9とありますから
    あれから私は2年半もの時間をずっとこのことを引きずっていて、
    自分でも呆れてしまうのですが。。

    私が先生を始め、マニカナに集う人々の会話を邪魔した事実には変わりないので、そのことは本当に申し訳なかったと思っています。

    ですがいつまでも引きずっているのは、自分にも他の人(勿論先生に対しても)にも良くないことだと思い、これを以って関係する掲示板には書くことをやめようと思っています。

    先生、私は本当に自分のことしか考えていなくて、
    捨HNで中傷したと書かれたときに怒って延々と掲示板を使用してしまいました。
    そのことを思うと、自分はしていないと書いて、そして書いても状況が変わらないのであれば、そこを去るとか、それを気にせずにいるとか、自分の取る行動で結果は変わったのだなと考えると、誰のせいでもない、自分の選択の間違いだったのだなと、今はそう思えるのです。

    しかしそう思いながらも、どこかでくすぶった気持ちがあるのも正直なところです。

    長々と自分の気持ちを書いてしまいましたが、
    先生のその当時私に言われた言葉をもし覚えたいらしたら、
    先の2点の質問にお答えいただけると幸いに思いますm(__)m

    • mani より:

      Blumeさま  お久しぶり!嬉しいですよ。

      > それは先生に「あなたのせいで掲示板が閉鎖になる」?と言われた記憶がずっと残っていたからです。

      それは!違います!Blumeさまのせいで掲示板を止めたりはしません。当時3人か4人か、約束を守らずに書き込む人がいて、わたしも辟易していたのです。

      > その時先生に、その人は私の別HNだと言われた記憶があります。

      それも違います!

      >結局私はそのまま犯人扱いで終わった記憶があります。

      それも違うんですよ。わたしはBlumeさまのことを疑ったことはありません。というか、Blumeさまは嘘がつけない人なので、すぐに私にはわかってしまうからなのです。
      わたしはBlumeさまにそうお伝えしましたが、Blumeさまはわたしの言うことを聞いてはくれませんでした。

      Blume さまは誤解したのでは、と思いましたが、そのままになってしまいました。 Blumeさまはpipitさまとお話になっていましたね。pipitさまは優しい方なので、「よかったな」と思いました。
      Blume さま、ここで、すっきりさせて、思ったことを語り尽くしてくださいな。

      • Blume(hana) より:

        先生、お忙しい中、返信ありがとうございますm(__)m

        夜に一度先生の返信を読んだのですが、
        自分の認識とあまりにも違い過ぎて、理解が追い付かなかったのが
        正直な感想です(;^_^A

        そうでしたか・・・私の誤解ですか・・・。
        私ずっと誤解したままだったんですね。。

        >わたしはBlumeさまにそうお伝えしましたが、Blumeさまはわたしの言うことを聞いてはくれませんでした。

        なんと言っていいのか。。
        私はすごく頑なになっていたのですね。
        先生本当に申し訳ありませんでしたm(__)m

        >Blumeさまはpipitさまとお話になっていましたね。pipitさまは優しい方なので、「よかったな」と思いました。

        はい、そうなんです。
        pipitさんが寄り添ってくれていなかったら、
        私は自分の誤解の中で、もっと苦しんでいたかもしれません。

        先生は、聞く耳を持たなかった私にも、
        「よかった」と、そう思ってくださっていたんですね。

        本当に何と言っていいのか・・・本当に申し訳ありませんでしたm(__)m

        >Blume さま、ここで、すっきりさせて、思ったことを語り尽くしてくださいな。

        いえ、すっきりというかもう、空っぽという感じなのです。。
        自分がこの2年半に引きずっていたことが幻だったような感覚というか・・・
        マニカナ掲示板であれだけ先生から時間を使っていただいて
        沢山の投稿をいただいたのに、私は何をどう読んでいたんだろう。。

        ただ今ある気持ちは、先生への心からの申し訳ない気持ちと、
        自分の認識への信頼が崩れたような、
        ちょっと言葉に出来ない思いがあります。

        先生は私のことを疑っていなかったし、
        私のせいではないと書いてくださっていて、
        よかったなって思う一方、すごい脱力感に襲われています。

        でも現実は先生の言葉がすべてで、私は自分の認知の歪んだ部分と
        これから向き合って行かないとと思いました。

        先生、何度伝えても聞く耳を持たなかった私にも
        いつもご親切に接してくださったこと
        本当にありがとうございましたm(__)m

        ちょっと混乱していて、自分で何をどう書いているのか?という感じがしますが、
        先生に申し訳なさ過ぎて、穴があったら入りたいような・・・
        そんな感じなので、どうか失礼な書き方しかできませんが
        お許しくださいm(__)m

        先生、本当にありがとうございました。

        • mani より:

          >自分の認識とあまりにも違い過ぎて、理解が追い付かなかったのが
          正直な感想です(;^_^A

          わたしは、時折思い出しては、「Blumeさまはどうしているかなあ」って思ってました。最後は辛そうだったけど大丈夫かなあと思ってましたよ。

          今思うと、Blumeさまの状況がそのまんま見えていたんだなぁと思います。

          たぶん、Blumeさま、わたしのことは気にしなくていいですよ。。って言っても、気になるとは思うんだけど、Blume さまについては、なんかもう「わかっちゃった感」があるので、ほんとに視野の外に置いておいてください。

          Blumeさまなら何が起こっても、いつも、わたしはこんな感じだと思っておいてくださいね。

          >よかったなって思う一方、すごい脱力感に襲われています。

          ですよねぇ。「今までなんだったんだ」って感じかもしれません。
          それも含めてBlumeさまだなあと思うので、ありのままのご自分でいて下さい。

          それでいい!それで十二分じゃないか、って気がします。
          こんな風に時々書き込んでくれたら嬉しいです。

          • Blume(hana) より:

            先生、こんにちは。
            返信をありがとうございますm(__)m

            先生からの投稿を読みながら、マニカナ掲示板があったころの
            先生やみなさんのやり取りを思い出して懐かしくなっています(^▽^)

            >たぶん、Blumeさま、わたしのことは気にしなくていいですよ。。って言っても、気になるとは思うんだけど、Blume さまについては、なんかもう「わかっちゃった感」があるので、ほんとに視野の外に置いておいてください。

            先生、長い時間、誤解していたことを
            こんな風に許してくださって、本当にありがとうございますm(__)m

            >ありのままのご自分でいて下さい。

            この言葉読んでいて、うるっとしてしまいました。
            自分はダメ人間だからずっと変わらなければいけないんだって思い詰めていたので。
            ありのままでいいのですね。

            ありのまま、だけど自分の認知が変なことになっていないか
            時々振り返ろうと思いました。

            もう一つの返信もありがとうございます。

            少し掲示板を休もうかなと思っています。
            またいつか元気が出てきたら、先生や皆さんの言葉を読みに、
            また私も先生とお話し出来たら嬉しいなと思っています。

            ありがとうございました(^▽^)/

  2. Blume(hana) より:

    先生お忙しいのに度々の投稿をお許しくださいm(__)m

    先程自分が書いていた掲示板に私の書いた言葉に誤りがあるかもしれないことを投稿してきました。

    以下の文章です。

    「先生が私のせいで掲示板を閉鎖したといった言葉ですが、

    その言葉が正しかったのかもう一度よく思い起こしてみました。

    でもそういう言葉を言われた記憶はあるのですが、

    その言葉そのものを覚えているわけではないのだと思いました。

    なのでもし先生の趣旨と私が書いた言葉に齟齬があった場合

    先生の名誉を傷つける発言になってしまうのだなと

    自分の浅はかな発言に後悔しています。

    なのでこの言葉は間違っているかもしれないということで

    私の記憶違いかもしれませんので

    先生を始め、pipitさん、私の投稿を読んだ方々に

    確証のない言葉を書いてしまったことをお詫びします。

     
    申し訳ありませんm(__)m」

    先生、不確かなことを投稿してしまったこと、
    申し訳ありませんでした。

  3. Blume(hana) より:

    先生、本当に何度もすみませんm(__)m

    先生にとってもマニカナ掲示板閉鎖の件はお辛かったことだと思います。
    その当事者である私とはもしかしたらもう関わりあいたくないのかもしれないなと
    ふっと思い追記します。

    先生がもう私と関わりあいになりたくないと思われるのでしたら、
    この3通の投稿はUPされなくても大丈夫です。

    ただ最後になりますが先生、私は本当に今まで一度も捨HNや成りすましで
    人を中傷したりしたことは無いのです。

    信じていただけるかはわかりませんが、それではお忙しいところ
    すみませんでした。

    北海道はもう雪が積もっているんですね。
    私は今は大阪なので真冬でも雪はぱらつくのを見るだけでも嬉しいくらい
    雪を見ることがありません。

    先生どうぞ寒いですからお身体大切になさってくださいね。

    ありがとうございましたm(__)m

    • mani より:

      ご心配症のBlumeさま

      >ただ最後になりますが先生、私は本当に今まで一度も捨HNや成りすましで
      人を中傷したりしたことは無いのです。

      大丈夫、知ってますよ。
      もし、万が一「そうしてみようかな」と思ったとしても、Blumeさまにはそういうことはできないとわかっていますから。

      Blumeさまは、捨HNや成りすましを行うタイプの人ではないからです。

      そういう意味では、Blumeさまは、もしかすると意外と”個性的”なのかもしれませんね。
      いつでも書き込んでくださいね。お待ちしてます。

      • 赤い実 より:

        先生、こんにちは! お邪魔します。

        お二人の間にあった誤解がとけたのを拝見して安心しました。
        というのも、お二人の間に誤解が生じた根本は、私が疑惑を語ったことにあるのは明白だからです。
        お二人に困難を与えてしまい、その節はほんとうにすみませんでした。

        それで。これから書くことはBlumeさんを批判する内容ではありませんので、読んでいただけるとありがたいです。

        3年くらい前から、某哲学サイトにBlumeさんも来られるようになり、そこでも私はBlumeさんに例の疑惑を向けたことが2回ありました。
        私からその話を最初にそこで持ち出したのではないけど、持ち出されたことへの怒りなど身勝手な理由からでした。

        それで。今年の初め頃に、自分のしてきたことを心から反省して清らかな道を歩きたいと思うようになり、以降そうした話を一切していません。
        このことは先生にご理解いただきたいと思いました。
        先日もお邪魔したところでしたし、お伝えしたくなり勝手ながらこうして書かせてもらってます。
        言い訳じみた話ですみません。

        先日、たまたま白と黒の話が出ましたよね。
        それで私は、動機を大切にしての言動をしたいと努力しているところだったので、その思いを強くしました。

        Blumeさん。途中のところ、ごめんなさい。
        何年も苦しい思いをさせてしまいすみませんでした。
        先生とのことも私がきっかけで誤解に発展したのですから。

        • o より:

          なんで書くかな

          • o より:

            赤い実さんへです。

            誤解しないように補足しました。

          •  春間 則廣  より:

            > なんで書くかな

                書くことによって   表すことができるから

              (  アラワスコト ニハ    二面がある  )

                  似面 では あるが

                「 世間 」 では  そこに大きな距離がある

              
               隠すこと は  見逃しやすい( その為に 書く )

                「 他 」 に 向けているようで

                「 自 」 は そこから決して離れられない

                こういうこと は 覚する者 が 知り

                 決して握りこまれてはいないけれど

                “ カク ” ( 隠・欠く・隔 ) されているのです 

        • Blume(hana) より:

          赤い実さん、こんにちは。

          >3年くらい前から、某哲学サイトにBlumeさんも来られるようになり、そこでも私はBlumeさんに例の疑惑を向けたことが2回ありました。
          私からその話を最初にそこで持ち出したのではないけど、持ち出されたことへの怒りなど身勝手な理由からでした。

          はい、持ち出したのは私の方からでしたね。
          申し訳ありませんでしたm(__)m

          >Blumeさん。途中のところ、ごめんなさい。
          何年も苦しい思いをさせてしまいすみませんでした。
          先生とのことも私がきっかけで誤解に発展したのですから。

          私なりに赤い実さんがなんで私を疑ったのかその背景を考えてみた時があって、
          それは赤い実さんの真意かどうかは不明だけど、
          自分なりに納得した部分も一部あったのです。

          赤い実さんは、マニカナ掲示板の趣旨を大切にしていたのだろうなって。
          それで私と赤い実さんはYahoo時代に交流していたから
          私に改めてもうらおうと私に場の空気の話をされたのに、
          私が私は空気は読まないみたいなことを言って、
          自分の態度を改めようとしなかったことが発端となったのかなと。

          場には場のテーマがあるので、それから逸脱した展開は疎まれる要素となるのだなって気づきました。
          赤い実さんはご自分が悪役になっても、私にそれを伝えたかったのかなとか
          そんなことを考えたりしていました。

          でも疑惑に関しては、ちょっとというかなり傷ついたのですが、
          でもその後の私の行動はけっして褒められるようなものではなかったので。。

          迷惑されている方も少なからずおられたと思います。

          事が大きくなった原因の一つには、私が疑惑をかけられた後の言動も
          大きく関わっていたのだろうなと思います。
          私にも反省すべき点は沢山あったのだなと今、感じています。

          • 赤い実 より:

            Blumeさん。複雑な思いで読まれたと思います。
            返信ありがとうね。

            あちらでのきっかけのことは、やはり最初というか根本が私ですから何も気にしないでください。

            疑惑のきっかけは、書いてくれたのはやはりまったくほど違うの。

            前にも何度か書いてきたけど。
            最初にその人を見た時に、もしや?だったのです。
            そしてマニカナでhanaさんだとまだわからなかった時にもらった返信が私へのだけはやけに暗くて…うん?となり、その後は会話して…その中で、勝手なところが見えて(自分がそうとう勝手なのにこんな言い方ごめんなさい)、意外性だったのね、それが。
            最初にあちらのサイトで見てそう感じたのは、投稿の際の癖、それまでに知っていた嗜好、それまでの関係性、状況などからそのように。

            確証のないことを発信してしまう罪を今は強く感じてます。
            その人が誰だったかなどより、そういう人から何かを書かれるようなカルマを作らないこと、それがなにより大切だとほんとに感じてます。
            自分の心の動きが嫌になるぐらいいつも見えてしまい、人のことも見える気になって、そこから動揺が起きやすい状態が続いてたのだけど、最近はとにかくなるべく反応しない、それを心掛けてます。
            そうしないと人に迷惑になりかねません。

            辛い思いをさせてほんとうにすみませんでした。
            返信してくれてありがとう!

      • Blume(hana) より:

        先生何度もすみませんm(__)m

        せっかくなのでもう一つお聞きしたいのです。

        私が昨日質問した二つの質問に
        先生は違うと答えてくださいました。

        私は混乱してしまったのだけど、
        後でよくよく考えてみたら、
        先生は私に向き合ってくださるときに
        対機説法を使っての対話をしてくださっていたのかなと思いました。

        これを思ったときに
        自分の中で腑に落ちたというか
        先生の言葉がすっと心に入ってきたのです。

        先生、私の感じたことは、間違っているでしょうか?

        • mani より:

          Blumeさま こんばんは。

          >対機説法を使っての対話をしてくださっていたのかなと思いました。

          対機説法と言うほど、ご大層ではないけど、Blumeさまと話すときは、Blumeさまと向き合っています。
          他の人のことは、ほとんど考えていません。

          >先生の言葉がすっと心に入ってきたのです。

          それは嬉しいです。たしかに、そう考えれば、2年半前にはほとんどBlumeさまは納得されてないなあという感じがしました。
          わたしのことばは、ただBlumeさまを通り過ぎていく感じでした。

          今日は仕事で出かけたのですが、雪が降って寒かったです。
          大阪にお住まいのBlumeさまがうらやましいです。

          • Blume(hana) より:

            先生、こんばんは(^▽^)

            お仕事お疲れさまです。
            今日ニュースで函館の映像が流れていましたが雪がすごくてびっくりしました!

            寒さが段違いなのだろうなと思いました。
            風邪を引きませんように。

            先生が心配性のと書いてくださっていましたが
            心配性なのはきっと、いつもいつも自分が人からどう見られているかが気になっているんだろうなということなのだと思います。

            実生活で朝会社に行ったら、総無視されて、え?え?って思ったら、なぜだか私が誰かを陰でいじめている首謀者ということになっていて(笑)
            何があったんだろうと思ったら、同期の一人が、課の女性社員に私にいじめられていると訴えたそうです。

            私はもう何ゆえに?と。
            だって飲みに行くのを断っただけでそういわれるってどうよ?って
            私その時は家から2時間くらいかかるところに通勤していたのと
            私はほぼ下戸なので。。そう説明したのに。
            それにその同期とは、殆どお付き合いが無いのに。。
            で、その人、私に個人的に電話してきて、私を心配するようにふるまうんですよ(笑)

            で、結局総無視がエスカレートして、自分の仕事にも支障が出てきて
            それでも助けてくれる人もいたけど、
            なんだかもうすべてが嫌になってしまって会社を辞めてしまった(笑)

            先生は、男性社会ですごく大変だったと思うのです。
            私は大学の先生のお仕事や研究者としてのお仕事がどんなものかは分からないけど。。
            きっと辛いことも沢山あったのだと思うのです。
            なので自分のミジンコのようなごま塩レベルの経験を書くのも恥ずかしいのですが。。

            でもそういう、え?っていうような、私からしてみたら根も葉もないような
            突然降ってくる火の粉をどう振り払ったらいいのかすら分からない。

            そういうことがあまりにも多すぎて。。
            友達は、大人しいから馬鹿にされやすいんだよって(笑)

            でも実際は、そういうことが多いのが現状で、
            そういうこちらからしたら言いがかりに思えることだって
            こちらに問題があるようにすり替える人だって沢山いる。
            他にも書きだしたら、もう本が出来ちゃうくらい。。
            理不尽だなって。

            私は思うんです。
            なんで大勢を巻き込んで私を孤立させるのって。
            なんで最初に二人になって、事実を確認しないのって。
            なんで最初から大勢を味方につけて、事実を確認しないままなの?って。

            それって私から見たらもう、事実を確認して、私との間にあるお互いの齟齬を修正していこうって姿勢ではなく、
            みんなを使って糾弾するのが目的なんじゃないの?って。

            私最近思うのですが、昔って自分ってもっと素直で無邪気だったのに、
            だんだん不安が強くなって、だんだん警戒心が強くなって、
            人の言葉を素直に聞けなくなってきたなって。

            もっと器用に生きられたら、そんな目に合わないのにって。

            でもそうやって結局は不安が来る理由も、自分が不器用な理由も
            全て人のせいにしている自分がいるんだなって
            ますます自分が嫌になっていくんです。

            先生と知り合って、沢山の言葉をいただいて、
            先生が私にこう書いてくださった
            「Blumeさまなら何が起こっても、いつも、わたしはこんな感じだと思っておいてくださいね。」って言葉にすごく勇気をいただけて。

            そして「対機説法と言うほど、ご大層ではないけど、Blumeさまと話すときは、Blumeさまと向き合っています。
            他の人のことは、ほとんど考えていません。」と書いてくださった言葉を読んで、
            先生は私が不安にならないように、配慮してくださっているんだなって嬉しくなったのでした。

            でもきっとずっと、心の中にあるずっと燻っていた怒りのような思いが、
            私の目を曇らせたり、人の心の温かさや、優しさに抵抗して、
            先生の沢山の言葉の意味や先生が私にくださった時間、先生が伝えようと一生懸命にしてくださったことを、私は無碍にしてきたのかなと思うと、
            自分が情けなくなるのです。。

            誰かのせいにして、いじけてる自分から目を背けているようで。。

            で、書いていて思ったのだけど、掲示板にもそういう特性があるんだなって。
            書く言葉は読む人すべてに同時配信されてしまうから、
            私が愚痴を書いたり、確認も取らずに私が先生は私を疑っているとか書いたら、
            私は見えない大勢に向かって先生に事実を確認することなく
            大勢に訴えかけているのと同じなんだなって。

            自分だって掲示板で十分卑怯なことしてるんだなって。
            それでも先生は、私に対して怒ったり責めたりしなかったですよね。。

            私、そこに答えがあるのかなって思いました。

            先生はいつだって、私のどんな感情が入り混じった言葉も
            ただただ受け取ってくれましたよね。

            先生と私とが同じ経験をしたとしてもきっと
            先生に映る世界と、私に映る世界が違うんだろうなって。

            私多分、きっと、ずっと実生活でも火の粉が舞う中で生きていくんだろうけど(大げさだけど)
            自分の意識を変えるだけで、随分自分の世界が変わるんじゃないかなって、
            なんかそういう希望のようなものを先生の言葉を通して感じられたのがすごく嬉しかったんです。

            書いていて、なんでこんなに文章が下手なんだろう(しかも長すぎる)と、
            伝わらないかもしれないなという思いもあるのですが。。

            で、きっと、送信ボタンを押した後に、なんか思ったように書けなかった、ちゃんと伝わるのだろうか?って心配になると思うのです(笑)

            人からどう見られたっていいじゃないって思えたらなって。
            自分の心が嘘を付かないで、人に対して誠実に接しられたと思えたら
            それでもういいんだって思えたらなって。
            だから自分にも人にも誠実に生きられるように、
            努力していこうって。

            先生、愚痴を書いてしまってすみませんでした。

            私は先生に甘えていたのだと思います。
            先生なら何でも許してくれるって。
            マニカナ掲示板での私は、そうだったのだと思います。
            本当になんて身勝手だったんだろう。

            私、自分の中の自身が持つ(人に向けてしまう)理不尽さとこれから向き合って行こうと思います。

            先生、時々私のことを思いだしてくださって心配してくださって
            本当に嬉しかったです。
            私もいつもいつも、こちらのブログにお邪魔して、先生に謝りたい衝動に駆られていました。

            でももう二度と先生の大切な場所を汚したくないなって思いが、
            自分にブレーキをかけてきたのだけど、
            でも勇気を出して、先生とお話し出来てよかったです。

            そういえば先生はいつでも、なんでも思ったことを書くことを許してくれていましたよね。

            ホントに、ありがとうございましたm(__)m

            それと、もっと要点を短く書ける努力も、
            同時に行っていこうと、新たに決心したのでした。

            あ、もう朝ですね。

            先生がこれを読んで疲れなければいいなと思うのでした。

            先生、ありがとうございました。
            こんなおバカな自分なのに、先生とお話しできる時間をいただけたこと
            感謝で一杯です。

            ではでは、これにて。
            先生のお幸せをいつも願っています(^▽^)/

          • mani より:

            Blumeさま、おはようございます。

            大丈夫、全部Blumeさまの気持ちは伝わっていますよ。
            わたしは、社会に翻弄されるBlume さまを見ようとしているわけじゃなくて、
            Blumeさま自身がどう感じてどう考えたかを知りたいので、いろいろお話をお聞きしているのです。

            だから、思いついたときに書き込んでくださると嬉しいです。
            いろんなことを言う人はいるとは思いますが、みんな、どこか不安なんですよね。
            Blumeさまのもつ本当の優しさを、良いなあと思ってくれる人は必ずいますから、自分らしくいて下さい。

            それが、無理もないし、楽だし、一番だよね。
            どうぞ、お元気でね。

  4. Blume(hana) より:

    ***PCの調子が悪くて、もしかしたらキャッシュを消してしまったので、承認待ちになるかもです(;^_^A
    その時には掲示板を閲覧していないかもですが、その後に返信をいただいていても返信できなかったら、ごめんなさいm(__)m***

    赤い実さんへ

    返信ありがとうございますm(__)m

    >疑惑のきっかけは、書いてくれたのはやはりまったくほど違うの。

    うわぁ~、違ってたのね~~~。
    でも気持ちを書いてくださってありがとうございますm(__)m
    再確認しました~。

    私も随分長い時間、執念深かったなって(;^_^A

    こちらこそ、このことにこだわり続けてしまって、
    すみませんでした。

    お話し出来てよかったです。
    ありがとう(^▽^)

  5. 近侍郎 より:

    八:てーへんだ! mani先生のお話をうかがって、「如月離雲」で検索したら、十力が現れて坊さんが焦げてるみてぇな、危ねぇ経が出てきた。  (大荘厳論経T201.288c24~)
    隠:どれどれ、ふむふーむ。大雑把に云うと、こんな感じじゃねぇかな。
    十力尊所説     十力尊の仰るに     
    前為放逸者     過去の放逸多々あれど、  
    後止更不作     すっぱり止めて、為さなけりゃ、
    如月離雲翳     雲の離れる月のよう 
    明照于世間     ゆっくり面目あらわれる。  
    是故我今當     だからわたしは今まさに
    専心持禁戒     身口意そろって黙します。 
    設頭上火然     頭は燃える、
    衣服亦焚焼     衣が焼ける、
    我當堅精進     この一息の一大事     
    修行調順法     行い調え あとはお任せ 
    断難伏結使     結びほどけを 横またぎ
    必令得寂滅     見あげる夜空に スーパームーン 
     
    八:「頭は燃える、衣が焼ける」ってのは、火がついて涼しいって粋がってる坊さんかぇ。
    隠:心が変化してる最中を譬えてるんじゃねえかな。闇から月影が現れる最中みてぇな。
    八:「行い調え あとはお任せ」ってのは、おおまかすぎるんじゃありませんかい。
    隠:することは限られており、油断なくきちんと続けて、起こることは心にお任せ。
    バルサンを正しく焚いたら、あとの始末はバルサンにお任せ。
    八:…隠居、例はありがたいんですけど、かえってわかりにくくしてる感じがしやす。

    • Pocket より:

      近侍郎さま

      >大荘厳論経
      変だねえ
      大乗荘厳経論に似てるけどまがい物みたいだねえ。馬鳴菩薩を作者にしてるところも匂うなあ……

      >設頭上火然。衣服亦焚焼。我當堅精進。

      うーん「設(たとえば)頭上の火を振り払うように、努力する。」という表現はあっても「たとえば頭上に火が付けば、衣服もまた燃えるように、精進(という火)を堅固に行ずる」といのはインド的じゃない、意味の変遷を感じるねぃ……。そもそも譬喩として成り立ってないねぃ。ねぃ!

      中国のお坊さんがクマーラジーヴァ阿闍梨に名を借りて作った仏典だろうねぃ……ありゃま!

      • 近侍郎 より:

        Pocketさま
        今回のお題に関連する「如月」「十力」等を大正蔵で検索し、キーワード周辺の字をながめて楽しんでおりましたら、「十力」の近くに月の表現がある、今回の個所が見つかりました。また、表紙のお写真にピッタリの、帰命十力尊 圓光無塵翳 普為一切人(増一阿含経)という句もありました。
        ただし「雲」も捨てたものでなく、十力にかかわることがあるようで、
        功徳出照 十力雲無比…已得無所畏 是一切智雲(僧伽羅刹所集経)とあり、お寺やお坊さまの名前に「雲」がある場合は、そういうことかもと思いました。
        Pocketさまのご指摘を頂き、「大荘厳論経訳者再考」という文が見つかり、学者の方々のご研究をかいまみました。ご指摘ありがとうございました。

        • Pocketさま、近侍郎さま、おはようございます。

          おかげさまで、『大荘厳論経』によって、少し新たな視点を得ました。
          ありがとうございます。感謝です。
          ところで、「設頭上火然 (頭は燃える)、衣服亦焚焼 (衣が焼ける)」ところですが、このお話の中では、矛盾してないようですね。

          還俗しようかとちょっと魔が指した比丘が、大道で肉をさばいて売る人を見て、衣が血でよごれているので、こう考えたとすれば、理屈には合っていそうだなと思いました。「頭に火がついたように(精進する)」というのは仏教ではよくある喩えですが、「戒を守れ」という比丘のお話は、仏陀が算術家のモッガラーナに語っています。(「中部」107)馬を調教する喩えを使って、弟子を手に入れたらまず戒を与えると説いています。

          実は『ヨーガ・スートラ』の八支則ヨーガにも、禁戒・勧戒などの項目があって、そこでも仏陀の影響を見ています。馬鳴の作者問題とは、又、別のお話でした。作者問題は全然わかりません。失礼しました。

          • 桂紹隆 より:

            『大荘厳論経』は、最近松田和信さんが研究を進めています。梵語テキストの断片も見つかりつつあるようです。アシュヴァゴーシャ作でいいようです。アシュヴァゴーシャ研究は、パリのヴァンサーン・エルチンジャーも進めています。馬鳴さん、インド仏教史の重要な存在ですね。

          • mani より:

            桂 紹隆先生 ありがとうございます。馬鳴作でよいと伺って安心しました。
            馬鳴研究も、進んでいくと良いですね。わたしは個人的には案外好きな人物です。
            先生のおっしゃる通り、インド仏教史の中で重要な人物だと思っています。

          • Pocket より:

            近侍郎さま、mani先生

            わたしも久々に仏教してて楽しくなりました。十力、十力尊という表現は上座部でもdasabalaという表現があってお釈迦様そのものです。muniは付いてたかしらん……忘れました

            カーヴィヤ(美文)文体であるなら、譬えが複雑な構造をしていてもおかしくないですね。。。たしかに、このpocket、ちと適当が過ぎましたわい。。。

            >ただし「雲」も捨てたものでなく

            「以前には……であったものが、のちに……ならば、雲を出た月の如く、世間を照らす」
            というのは殺人鬼アングリマーラ(=アヒンサカ長老)の逸話としても有名ですね。ダンマパダにも出てきますし!

            ‘‘Yo pubbeva [yo ca pubbe (sī. syā. kaṃ. pī.)] pamajjitvā, pacchā so nappamajjati;

            Somaṃ [so imaṃ (sī.)] lokaṃ pabhāseti, abbhā muttova candimā.

            ‘‘Yassa pāpaṃ kataṃ kammaṃ, kusalena pidhīyati [pithīyati (sī. syā. kaṃ. pī.)];

            Somaṃ lokaṃ pabhāseti, abbhā muttova candimā.

            「実に、年若い比丘が、仏の教えに専心努力するなら(精進)、彼はこの世界を輝かせる。雲を出た月のごとく。」

            ‘‘Yo have daharo bhikkhu, yuñjati buddhasāsane;

            Somaṃ lokaṃ pabhāseti, abbhā muttova candimā.
            ————————-
            桂紹隆 先生のご教示、勉強になります。松田和信先生がアシュヴァゴーシャにそれだけ首ったけとは知りませんでした。馬鳴菩薩は説一切有部所属で、大乗を知らなかったというのはラディカルですね。

            Vincent Eltschinger先生の論文も面白そうです
            『ブッダチャリタ』は艶っぽ過ぎて苦手だけど、思想だけ抽出してくれると読めるものだなあと。

            『揵稚梵讚』はLLMのGeminiにテキストを投げると荒い梵文を出力、日本語訳してくれました。私には校訂、翻訳する能力はありませんが、生成AIって面白いですね。これだけ短い分量なら読み上げたくなります!内容も説一切有部の讃仏偈と見て、問題はないようですね。

    • 近侍郎 より:

      「頭燃」を、「泡沫経」の世尊のことばから「此の火急の一大事、よく調えて、洲に向かう」の意味にとり、八つぁんとの掛け合いで「心が変化してる最中を譬えている」と隠居に云わせてみました。
      法句経31「心のわずらいを焼き尽くしながら歩む ― 燃える火のように。」や、昨年学んだ方便心論三・三・二「譬如大火焚焼山林故是滅因」も、「頭燃」のこの変化を云っているように思えてきました。
      「大荘厳論経」の今回の個所は、悪業あるいは放逸を自覚する者の五根五力が新たにはたらき出す様子を表している、と思われ、励まされます。また、このことに関連し、月が現れていないように見えるのを「新月」というのも、いい言葉だなと思いました。
      ありがとうございました。

  6. ぎんた より:

    あら?17日からBlumeさんが来ていたのに、気づいたの18日の夜。。。

    ぎんた、文章書く時いっつも、毎回、自分の文章にげんなりして、

    (Blumeさんみたいに、緻密な感じでなおかつ面白文章のときのテンポのよさとか

    持ってたらよかったのにな~~~~)と思いながら書いてます。でも、

    ねこなので、人間1回目だし、文章下手でオッケーで、むしろこの文章読んで

    なにか、文章書きたくなる人が発生するかも~~~と期待しています。

    ぎんた、なんか仕事が著しく出来なくて(多分発達障害とかそういう部類)地雷も

    踏むので、どこに行っても最終的にはその場の空気を最悪にして辞めています。

    で、今は家にいます。仕事も子育ても介護もしてなく、植物も育てていません。

    料理も「揚げ物」とか「手仕事」みたいのしてません。

    春休みの小学生くらい時間いっぱいあります。(でも、時間足りないけど)

    あ、で、何が言いたいかというと、辛くなる場所に所属しつつけるのは辞めて、

    なんなら「働かないといけない」という価値観を捨てちゃって欲しいです。

    それによって、お母様の面倒をお姉さんより沢山見ないといけなくなるということも

    ないと思います。もし配偶者に「働け」とか言われても粘り強く交渉してください。

    ううう取り留めなくてすみません。がんばって、、、

    結局自分に言い聞かせているだけみたいになってる。

  7. Blume(hana) より:

    ぎんたさん、お久しぶり~です(^▽^)/

    励ましてくれている気持ちが嬉しくて、そしてぎんたさんの言葉のテンポに

    いつしか笑顔になっている私がいます。

    このテンポが心地いいんだよ~

    ぎんたさんがマニカナ掲示板時代に投稿してくれた

    砂時計の詩、覚えています~(^▽^)/

    懐かしいな~

    ぎんたさんの投稿はホントなんだろう可愛くて

    ぎんたさんはきっとみんなに愛される人なのだろうなって思いながら読んでいました。

    それは天性のものだと思うのです。

    そしてきっと、ぎんたさんが先生を信頼しているからなのかな~と。

    自分の思いがあっても、現実の世界では言葉に出来ないこともあるけど、

    でもここはそういうこともまるっと受け入れてくれて。

    今ね、実母と同居しているのよ。

    元気なんだけど、今夏の暑さがひどすぎて、去年より弱ってしまった感があって。。

    なんだか寂しくも感じています。

    ぎんたさん、私もう一度働きたいなって思っているんだ(実は・・・)

    ぎんたさんの思いも形になりますように・・・☆彡

    話しかけてくれて本当にありがとう(^▽^)/

    励ましの言葉とその気持ちがとっても、嬉しかったです!

    文章のこともありがとう!

    嬉しかったです!

  8. tanza より:

    >「矛盾がない」ということは、お釈迦さまは「嘘をつかない」ということであり、「真実語を語る」ということなのです。嘘だらけのこの世で、嘘をつかないお釈迦さま。

    ところが、「真実語を語る」と称して、嘘をつく人たちがいる。
    その人たちは「八正道」を、何それって言う!!

  9. tanza より:

    現実世界には「食物連鎖」があり、人間もその一環なので、ブッダは「一切皆苦・縁起」を説いた。

    それなのにブッダの托鉢を、自ら殺生せず他人が殺生した食物を食べるから、殺生否定論者だと主張する人に昨日出会い・・・呆れた。

    • ぎんた より:

      tanzaさん、初めましてぎんたと申します。質問なのですが、
      そんな状況の時、殺生否定論者さまに対してなにかリアクションするのですか?
      そのままなのですか?
      ぎんただったら、自分の説を取り敢えず言ってみます。
      相手が主張してきた時は、こちらも主張するチャンスをもらったと思って。
      お互いの仏教を披瀝すればいいのかなーと。
      あ、だから家族に喧嘩売ってるとよく言われるのだと思います。

      •  春間 則廣  より:

        >> 出会い・・・呆れた
        >  そんな状況の時、殺生否定論者さまに対してなにかリアクションするのですか?

          リアクション が 読み取れませんか ?

        > そのままなのですか?

         「 呆れている だけ では いけません 」
             という
           メッセージ の  伝え方 を 考えましょう
         ( 考えた末  の  メッセージ であれば 
                      伝え方 の 問題  は
                    メッセージ の 問題  へと 移ります )

        > こちらも主張するチャンスをもらったと思って。  
           お互いの仏教を披瀝すればいいのかなーと。 

          チャンス は 均(平)等にありますが
                  思い方(捉え方) は 様々  です

          この(? どの ) 滅セージ ( を 見逃すか )  は
            見逃す あなたの 生き様に かかっています
         ( ここに込める メッセージ を 多くの人は 見逃します )

        >    お互いの仏教を披瀝すればいいのかなーと。 

          誤り 同志  は 見逃し同志
           思いは  違うように見えるけれど 、、、、
           見逃し  という   一致点は 見逃されるものです

          ドウシ たら  見逃しに気付ける のかは
                    生き様 に かかります
         ( ただし  様 は  様々 に  見えますが
                 見逃し  という  一点に集約されます  )

          「  鰯の頭 も 信心 ・・・・  」

          問題 は  シンジ(ん) て(も) 救われるかどうか
              ( 救われている  と   感謝 は 他へと向かう )

           読んでわるように 工夫して 記述していますが 、、、、

             読んで分かる  のであって
             読まずに 分かっている人 には 伝わらない
                     という 構造が
                 「 仏教 」 に あります
          
           「 唯仏与仏 乃能究尽 」  
         ( この意味 には 幾とおり もの 織物が着せられている )

           織るのは あなたであり  着るもの は 一つ ( 誤 )

            「 仏 」 に 伝え合う 必要性はない  !

        • ぎんた より:

          tanzaさん,という神でほとけの人が、どのように行動したって大正解に
          決まっているじゃないですかーー!!!春間のばーーーーーーーーか!

          tanzaさんがどう行動したかは、tanzaさんが知っているけど、ぎんたは
          知らないから聞いてみたくなっただけです。それで、ぎんたの場合の行動を
          先に書いただけです。それを読んでどんな感想を持つのかもtanzaさんの
          自由ですし。

          あ、でも、ぎんた身体を伴った状態で、仏教のことを話す機会がほぼないので、
          実際にはほとんど実現不可能ですが。

          あ、実は昨年父がもういよいよってなった時に、待ち時間?に弟と話してて、
          時間がいっぱいあったものだから、「私な仏教」のシステムを勝手に語り
          ました。弟は黙って聞いてくれて最後に
          「……で、自分の前世は何なの?」というから、「猫だよ」と言ったら
          「え?ずるくない?」と返ってきました。(猫が好きだから)
          (そ、そうなんだ、ずるいと思うんだ)って感じました。
          あと、仏教のサイトに来ていっぱい語っていることを言ったら、
          「ええー?そうなの?、、みなさん、とっても寛大なんだね、、、、、、」
          「(その言い方で急に不安になりつつ)そうなんだよ、みなさん仏教やってる
            から余裕があるんだよ、、、、」

          いつも、大変お世話になっています。m(_ _)m

  10. ぎんたさま、弟さま、こんち!

    >「……で、自分の前世は何なの?」というから、「猫だよ」と言ったら
    >「え?ずるくない?」と返ってきました。(猫が好きだから)

    やっぱ、誰でも「え?ずるくない?」と思いますよね。うちの猫見てても、「ずるくない?」って思います。

    3食・昼寝・夜寝・運動場付き、ですよ。わたしより良い暮らししてる。「運動場付き」は、時々「がるる~~っ」ってうなり声を上げながら階段をめっちゃ駆け上がったりするから。猫に生まれたい。。

    •  春間 則廣  より:

      > 猫に生まれたい。。

        猫に生まれたい  猫

    • ぎんた より:

      先生もそう思いますか?ぎんたは、猫を飼ってる人で「来世猫になりたい」という
      人はよく見ますが、ワンちゃん飼ってる人で「来世犬になりたい」という人は
      あまり、といか、ほとんど見ない気がして、考えました。

      ワンちゃんは人間が好きすぎて、(人間になりたい!!人間は仲間!!ラブ!!)
      って思っていて、来世人間になるわけで、すると、人間であることに超満足してる
      から、ワンちゃんになりたいと思わない。しょんでもって、猫はたまねぎのように、
      剥いても剥いても猫で、ずーーーっと猫で満足してるから、その様子を見た人間が
      (猫ってなんかいいよねー)ってなるんだと思います。

      3食、いつでも寝、運動場に、下僕(給仕、ブラッシング、掃除、室温調節など)を
      いわゆるペットと呼ばれる生き物が享受できるのも、多くの人々がある程度の
      経済的・精神的に余裕がある場合だけなので、どうかどうか、神でほとけの
      皆様!よろしくお願い致します。

      • Pocket より:

        ぎんたさま
        >弟は黙って聞いてくれて

        ここにじーんと込み上げるものがあるPocketであった……

        >ワンちゃんは人間が好きすぎて

        猫も人間が好きすぎる子もいます!
        もう亡くなりましたけど、ウチのペルというペルシャ風の青い眼の雑種は人間が大好きでした。来世は人間になってるかも?

        • ぎんた より:

          Pocketさん、弟はなんというか、淡々としているのです。(優しいともいえる)
          ぎんたは、よく両親と衝突してましたが、彼は「意味ないね」「徒労だね」て
          感じで誰とも衝突しません。諦め?

          で、この時はぎんたが「自分だけでやってる誰も勧誘したりしないオリジナル」
          と前置きしたので、「はぁ、、」て感じで聞いてくれました。

          猫は、ワンちゃんと同じく人間好きすぎる子もいますが、あくまで猫として
          人間と一緒にいたいのだと思います。ペルちゃんは、どこかで他の飼い主様
          に飼われているか、実験動物になるか(猫だって平等なのでその可能性は
          残念ながらあります)してると思います。そして、Pocketさんがまたどこか
          で人間やる時には、猫としてやって来てくれると思います。あと、次に
          Pocketさんが飼う子として、素早く毛皮を着替えてニャントロ星から
          やってくることもあります。他人の計画はぎんたあまりわかりません。

          ペルシャ雑種のペルちゃんは、ちょびひげのチョビとかになって、
          (これだよ、この名付けセンスが落ち着くんよね~)とご満悦です。

          •  春間 則廣  より:

            〉実験動物になるか(猫だって平等なのでその可能性は
            残念ながらあります)

            平等ならば残念なことはありません。
            良い悪いの区別がないのが
            平等なのです

          • ぎんた より:

            理屈としてはそうなんだけど、それを言っちゃうと戦争とか無くならない
            から、ねこ困るんだよ、、、

          • ぎんた より:

            あ、それで、話が途中になっていたので、唐突に続き書きます。

            えー、、それで、大乗会に出てしまったんですが、前経親はつれない態度
            でした。まぁそうですよねーー、既に霊能の会座にいないといけない年数で
            大乗会になんの意味が?って感じで。なので、その時の彼女の態度により、
            本当に強く【何か意味を持たせなくては。会座に行ってなにかひとつでも得てこなくては、、、】と思いました。
            前に彼女は、同じ経の私より全然若い子が、大乗を相承したときに、
            「遅いっっっ!!」と第一声で言ったんだそうです。
            (そんなに遅くない、普通位な人に。。。)
            その子がびっくりしすぎて、ご奉仕の時、経のみんなに触れて回っていました。
            「普通、最初はおめでとうじゃない???」と。
            私はそれを聞いて、あー彼女ならばそうだろうな~と思いました。
            【本当に本当に教えは素晴らしいのだから、物凄いお力が流れているのだから、みんな真剣に精進してよっっ】という感じ。

            で、当日受付のご奉仕の方に「頑張ってくださいね!!」と激励されて
            望みました。そして、祈り通りましたの紙?を置かれた後に、その後
            祈り続けるモチベーションをどうしよう、どう祈ろう??と思った時に、
            「どうか、この会座で【悲しい人】がひとりも発生しませんように!!」と
            祈ることにしました。悲しいのは散々やってきたので、かなり集中できた
            気がしました。で、終わって、事務局員の人が今日のまとめ?のお話を
            したのですが、
            今日相承した56名の方の中に、平成7年から参座している方もおられました、と。
            そこで、私、(本当に良かったーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ)
            と思って。そんなに長く会座に座り続けて、どんなにか葛藤があったことかと
            良く諦めずに座り続けたなと、尊敬しかない。ほんとにほんとに良かった涙
            てなりました。これを今日ここで聞いた人は、今日相承出来なかったとしても
            この平成7年の方のことを思った時には、そんなに落ち込まないんじゃないかと思い、【悲しい人】発生しなかったのでは?と思いました。

            あ、ご飯作ります。

          •  春間 則廣  より:

            論理が狂うと頭は狂う

            狂っていると
            狂った論理で
            正しく狂う

            分かるはずがない狂い

          • Pocket より:

            ぎんたさま

            >誰とも衝突しません。諦め?

            ふむ~。そういう省エネ男性なのですね。憧れます。

            >ぎんたが「自分だけでやってる誰も勧誘したりしないオリジナル」
            >と前置き

            やっぱり縁起だなあ。ぎんたさまも結構、省エネな所あるかも?

            >ちょびひげのチョビ

            なってるかもですね。
            イスタンブールは猫々浄土。いつか行ってみたい~。

          • ぎんた より:

            それで、本当に良かったーーーーんですが、ふと、あれ?この「良かった」
            は、平成7年の人は知らない良かっただね、、、?だって、他の人は、
            ぎんたが95年から帰苑していて、ものすごく時間が掛かってここにいること
            知らないし、、、。と考えた時に、今ここ、の空間と、ものすごく長い時間が
            クロスして、串刺しにされたような感覚になりました。。。
            それで、【これはすでに決まっていたの?!!】という不思議な、(と書くと
            ものすごく陳腐になるのでげんなりなんですが、、)気持ち。

            というのが、雲のシーンがやって来たとこに繋がります。平成7年の方を
            もしかしてとんでもなくお待たせしてしまったのではないか??というのと、
            こんなこと考えるなんて、なんて不遜なヤツなんだというツッコミ、、、

            そうこうしている内に、次に湧いてきたのが、な、なんと、、
            もしかして、私が実は実は、継主の次の後継者なんじゃないかという思い
            (これをよく恥ずかしげもなく書くよねーーギャグ過ぎぃ)
            これは、鳥飼さんが発表されたときに、ちょっと年齢が上だな、もっと
            若い人の方がいいんでないかい?と思ったからですw

          • ぎんた より:

            それと、もしかしたら、意外と【私が望むとおりにコトが進んでいる、もしくは未来に起こることを感じ取れる】?と思い、早速実験してみることに。
            (はぁ???ですね)
            あれ?私意外と「すぐやる課」だね!と思いながら、経親にメール
            しました。(娘さんのほう)で、何月何日にご霊廟の前で待ち合わせましょう
            とか送ったんですが、当然意味不明で、は?大丈夫?って感じでした。
            で、もう今となってはかなり忘れてしまったのですが、
            次にやってきたのは……

            もしかして、自分、摂受心院の生まれ変わりじゃないのーーーーーー???
            という考え。。これが猛烈に厭な気分で、言葉にならない。漫画なら、
            ページめくったら見開きで真っ黒!!とか、なにか禍々しい模様?とか
            でしか表現出来ない。
            気のせいとか、真如苑の精進が進まなすぎる現実から逃れるために
            編み出したの?また、なんか空想始まっちゃったの?とか、
            1回置いておこう等やってみましたが、払っても払っても復活してくる。
            そこで、観念して冷静に考えたところ、「猫」の可能性も同じだけあること
            に気づく。でも、事態はまったく良くなってはいない。自分は誰だ??

            まだ、続きますが明日以降です。

          • ぎんた より:

            あああ、今日は書けなかった、。えと、なんで摂受心院の生まれ変わりw
            と思ったかというと、いつだか忘れたけど苑史を読んでいて、

            摂受院他多数の人がいた時に、誰か(男性)が「私がお茶を入れます」と
            申し出た人がいて、その人にお願いしたのだけど、ものすごくいっぱいの
            水をやかんに入れてしまったと。で、摂受院に
            「この人数でこの量の水を湧かすのはもったいない。もっと少なくていい」
            みたいに言われたと。で、あとで、その人は摂受院に、
            「あなた、さっきの水を捨てましたね?」と言われて、
            (なんでわかったのーー??)みたいに思ったと。
            いや、フツーわかるじゃんwとツッコミを入れて。そんなすごいことじゃ
            ないよね?この昭和初期?のころと、今の人じゃ基礎的能力?常識?
            よみ?だか考察が全然進化してるよね?と思ったことがあって
            そこから細かく色々考えて続けていったら、そうなった、、
            あーーー、、上手く書けない。

          • ぎんた より:

            あ、あと、摂受院に行く前に、自分が次代の苑主?wと思ってしまった時に、
            もちろん、ものすごく有り得ないのと、なんでこんなこと思いついちゃうの?
            という、自分にドン引きと、や、こんなヤツ苑主になったら誰も納得しない
            やろ?自分だって嫌だよ、こんの、、、の後に、(なにか、ものすご~~~~~~~い、【発明】をして、これを発明した人があの人よーーーぅ!!
            みたいなことがあれば、もう、それだけで、拍手喝采、涙涙で向かい入れられる、って状況があれば可能だねぇ)とか思ったのでした。
            ちょっと、【発明】を考えてみようかなーと。アホの子すぎる

          • ぎんた より:

            もはや、どこに書いたらいいか分らなくなってきた。で、、、

            あ、そういえば!!摂受院が摂受心院にいつだったか変わったんですが!
            その前どこかで、もう真如苑の精進とやらが、まったく、つくづく嫌になった
            私は心の中が不良じみてきて、色々苑のことにツッコミを入れていたのですが
            心が爛れすぎていて、(真如苑に行っても、ちっとも私救われてないよ?
            むしろ追い詰められてるし、精神的にぎりぎりいっぱいだよ?何故かしら?
            救われたーとかお力頂いたーって人の多くは、どっちかっていうと、物理的
            というか健康面とか金銭面って人が多くない??心は救われないんだよ。
            実際心爛れまくってる人がここにいますよ?駄目じゃね?)とか
            (真如教主と摂受院だと、摂受院が一文字少なくてちょっとぐらぐらするよ、
            教導院と真導院は文字数一緒なのに!!教主は金剛身院だけど、心はどこにも
            ないのよ~w)
            って思ってたら、変わったの。。。でも、変わったときは気づかずに
            大分経ってから気づいてぎゃーーーーーーってなった。

          • ぎんた より:

            あーー話が全然時系列に出来ないのですが、自分が次代の苑主かもwの
            ところで、ちょっと、実際にやってみようってなって、、、(は?です、、)

            ある日、総本部に来てた時に、名古屋から団参で来ている方たちに、
            トイレで遭遇しました。地方から団体で、バスで参拝するみなさんは、
            それぞれ、どこから来たか分るように「バッジ」を付けているのです。
            地域色を出したバッジ、団体旅行とかでツアー参加者が付けるようなヤツ。
            で、団参の方には(多分)ご奉仕の人が付いて、色々案内してくれるの
            ですね。でも、その立川のご奉仕の担当者以外の人とは、あんまり話す
            機会はないんだろうな、と想像したので話しかけたら喜んでくれるかなと
            思い切って話しかけてみました。

            (ここで重要なのは、自分が苑主になった気分で話す、ということ)
            「こんにちは~!名古屋からいらしたんですか?今日お天気で良かったですね!名古屋だと、みゃ~とかいうんですか~?」みたいに言いました。
            したら、その中の一人がとっても喜んで下さって、自分のとこらへんはあんまり
            みゃ~は言わないこと、どこそこの紅葉がとっってもきれいなので、
            名古屋に来た際には是非訪れて欲しいこと、などを教えてくれました。
            で、それを聞きながら強烈に思ったのは、これは、普通に話すのはよいけど、
            合掌されたり、黄色い歓声やら、拍手で迎えられるとかは、絶対に間違ってる
            ということ。そんなの絶対違和感でしかないって!!

            で、別の機会に、ご宝前の前方に団参の方が参座しているのを、別の
            参座場所でモニターで見ていたとき、団参で来ていた中学生位の男の子が、
            合掌しなくて、頭も、ちょっとこう、お辞儀どころかひとりだけ、まったく
            頭をさげないので、ものすごく目立っていたのに遭遇し、(えーー団参自体も嫌だったのに無理矢理連れてこられたのか、合掌することが嫌なのか分らないけど
            ものすごい気概を感じるー頑張れ青年!!)と大変に勇気づけられて、
            やっぱり、教団っていうシステム(一人の人間の言ってることをみんなで聴く)
            そのものが、もう違うんじゃないか、、と思うようになりました。

            やってみて、実感したの。

          • ぎんた より:

            あと、まだ、電通の件と、けものフレンズの件と、開祖のなぞなぞの件と、
            摂受院が「なんでも取っておきなさい」と言った件と、それにともなう手紙の
            件と、無農薬りんごの有名な人の件と陶器のご尊影の件を書かないと
            いけないーー、そしたら7割は余裕で越えるーー

          • ぎんた より:

            あ、まだあった。隣の人が頂いたご霊言についてが。。。

          • ぎんた より:

            えーーーと、ある日のご瑞教(苑主のお話)で、継主が、
            「寒修行に参座した方にお配りするカード(トレーディングカードみたいなやつ)のデザインをどうしようと思っていた時に(毎年10種類くらい作らないといけない)、摂受心院様はなんでも大事に取って置いたので、自分達子供の小さい頃からの絵やなにかが入っている箱があり、その中から見つけた、私が
            小学生の頃描いた絵をカードにしました。」という話をしました。
            で、その時に!
            「何かないかな~と、ごそごそ探して」みたいな言い方をしたと思うんですが、ごそごそのところで、ちょっと【引っ張った】または【ちょっと喋るペースがゆっくりになった】と感じました。で、ぎんた、話を聞くからには、
            場面を想像しながら聞くのですけど、「ごそごそ」の部分がゆっくりだった
            ために、いつもよりゆっくり考えることが出来て、出てきた、というか
            想像したことは。

            摂受心院はきっと、このXデーのために、苑主がここを探すことを期待して、
            というか【よんで】なにか手紙を隠しただろう、ということ。これはかなり
            自信ありますが、自分が摂受心院の生まれ変わりだから、ではなくて!
            【物語の定石】として、ここは外せないよね?これ、こういかないと
            つまんにゃいよね?というやつです。ものがたりっていうのが重要なの
            こーゆーとこじゃん?みたいな期待。わかんないのはその手紙になにが
            書かれていたかにゃんよ~~~~、、、ぐあぁぁっっーーー知りてーーー
            あーーー、手紙、どうしたかなーーーー?ちゃんと金庫にしまってあるかなー
            それとも内容がヤバすぎて「読んだら破棄で」って感じだったのかーー

            気になりすぎるーーーー、教団が潰れないとぎんたのトコまで情報こなくね?
            なので潰れてください。

          • ぎんた より:

            電通の件、は、もちろん高橋まつりさんの件です。

            TVのニュースで流れてきた時「電通めー」と呟いたのです。したら、
            隣で家族が、
            「ぎんた電通のことどんな会社か知ってんのかよ!!?ろくに知りもしないで
             責める資格ねーぞ」とかいうから、
            ぎ「は?広告の会社だよっっ!!!!!」家「それだけかよ!!!!!」

            みたいになって、ちょっと調べることにしました。そうしたら、丁度
            タイミング良く、「思いつく」を考える展ていうのが、開催されていて
            行ってみることに。カレッタ汐留遠かった。(この展覧会が2017年12月から
            だから、まつりさんのニュースは一周忌としてやっていたのかもしれません)

            あと、ニュース見た時に考えたのは、、、、
            これ、真如教徒ならば避けられた事態かどうか?ということ。内定決まっても○一証券の人みたく、鑑定で辞退するとか?会社のお護摩して清める、とか
            上司の背後(霊)のお施餓鬼とかする?身体無理すぎるから退職するか
            どうかの相談接心受けるとか?同僚で自分と同じような境遇で困っている人を「お救け」してその功徳でもって(お救けしたよろこびと、同僚と一緒に精進できることで心が前向きになって)乗り切る?でも、こんな勤務実態じゃ、
            帰苑もできないじゃん、あと、この会社にいても平穏無事に勤め上げることが
            出来ている真如教徒じゃない一般の人々をどう見ればいいの?
            あと、自社(電通)に不満がない真如教徒っていうのもいる可能性も
            あるよね?もやもや、、、、、~~

            そうしたら隣から家族が、
            「もし電通が全面的に悪かったとして、そうだとしたらいずれ潰れていくわけ
            だけど、それには、こんなヤバい会社は行きたくない、と就活してる学生に
            避けられて、いい人材が集まりにくくなる、ていうのは必須なんだけど、
            それにはある程度景気が良くないと駄目で、数十社受けてここしか受からなかった、となったら大体の人は行くわけだし。だからある程度景気がよいとか
            売り手市場とかの条件がないといけなくて、合わせて入社したら3年はいないと、一年未満とかだと、次の転職活動で不利だ(会社じゃなくて本人の忍耐が足りなかったのでは?というレッテル貼られる)という社会通念も変わってかないといけないんだよ。それと、大会社のままバタッと潰れるんじゃなくて、
            いろんな事が重なって、徐々に規模が縮小していく感じじゃないかな?」と。

            ぎ(あーーーー~~~その通り過ぎて!!!!真如苑だと取り敢えず、今
            このご時世に正社員で働けていることに感謝です、とか言ってくんだよ!
            そうじゃないよね?景気もまあまあよくて、ヤバいことに手を染めたくない
            人が、ヤバいことしないでもちゃいんと生きていけて、常に楽しい選択肢が
            2個以上ある世の中にしたいよね?歓喜世界を目指すってことは!!
            だけど、精舎だけどんどん増えて、でも世の中どんどん悪くなって、、
            なにかがおかしいとしか思えない!!)

            で、なにかヒントを見つけたくて、「思いつく」を考える展に行ったの
            ですが、これが大正解でした~~詳細は、誰かのnoteとかブログとか
            見てください。ぎんたも大分助けられました~~~

            やめてみる=真如苑の精進やめてみた

            ふやしてみる=ほとけの数を最大限(全員)にしてみた

            やばくしてみる=きっと、あそこ殺人とかあたんだぜ、としてみた

          • ぎんた より:

            あ、あったんだぜ、です。

            で、「けものフレンズ」は「君の名は」で前前前世がすごく自然な気がして
            採用っっ、と思ったので、ある程度世間にインパクトがあったものは観て
            おかないといけないな、と思っていたのですが、ある日新聞の夕刊でこんな
            アニメがヒットして、と紹介されていたのです。放送終了後に。で、
            え~~~見逃した~~と残念に思っていたら、夏に異例の早さで再放送が
            決定し、テレ東社長が決めたらしいですが、もちろんぎんたのためではなく
            w、、DVDのセールスのためですが。大喜びで観ましたよ!!
            したら、冒頭のサバンナっぽい音楽?あれで、もうなんだか心にサァーっと
            風が駆け巡って、体中の血液が元気になった気がしました。その後の、
            サーバルちゃんが言った言葉「へいきへいき、フレンズによって、得意なこと
            違うから!!」で号泣、、。わぁぁぁぁーーーーーーーーーーーんですよ。

            そこから、動物と人間を考え始めました。

          • ぎんた より:

            そんで、一生懸命考えることが好きなフレンズみたいにやってみようって
            なりました。

            でも、、、、考えるとなんだか、どんどんと話がでっかくなってっちゃう
            気がして、なんで??広げないーーーっとしたり、最大限はなし広げたり
            したくなったり、ものすごく不安定でちょっと良くない、、、。。

            あ、それで、摂受心院様だったらこの方にどんな風に仰るか、を意識して
            web集会に参加してみたけど、どうしたって「自分」でしかなくて、
            自分の体験からしか、ものを言うことが出来ない、と思う。なので、
            全然誰かの救いになってる感じもなく、私が摂受心院の生まれ変わりだと
            したら、「私」はどこへいってしまうの??という思いは杞憂に終わりました。ただ単にこの方とお話しできて良かったな、しかない。
            大失敗、大失言した時に、事務局の方で、削除してくれた時は、心底
            有り難かった。でも、その内、一個もコメント載らなくなった。
            あんま、他の人と交流したら駄目だったみたい、それか、苑に否定的なのは
            駄目なのか?基準も分らなくって、やめました。

          • ぎんた より:

            で、web集会で思ったのは、一人の人間がすべての人に寄り添うというのは、
            不可能だ、ということ。摂受心院様なら出来たかもしれないが、ぎんたには
            無理だと。
            大体、摂受心院様が身長153㎝でぎんたも153㎝だからって、昭和40年のと
            令和の今だと、全然感じ違うし。環境が違いすぎると、もし、生まれ変わった
            としても、もーーのーーーすーーーーごーーーーーーーく別人じゃん。
            証明出来る出来ない以前に、絶望的に別人じゃん!!そもそも、彼女、
            5月9日生まれの牡牛座、ぎんた早生まれだから、それだけだって相当に違うよ?(早生まれっていったら、射手座の次の山羊座から始まって、水瓶座、魚座、牡羊座まで)彼女、小学校の下校途中で小さい子の鼻緒が切れた時に、
            どこかからやってきて、すげ替えてあげたってことだけど、ぎんたどっち
            かっていうと、鼻緒切れて泣いてる方の側じゃん。同じ学年の中でも相当
            ぼんやりしてたよ?どの学年のころか忘れたけど、ある年にクラスの子から

            「ねえ、○ちゃん、○ちゃんて自分が女の子だから紅白で紅組を応援したん
             でしょう?」ってちょっと冷たい感じで言われて。
            ぎ「え??、、そうだけど??」って返した後に、それがちょっと
             子供っぽいことなんだと一瞬で理解しました。。。。
             きっと、その子は男性アイドル?の誰かを応援していて、その年は
             紅組が勝ったのが心底悔しかったのだと思います。(推測です)

            そ、そういう種類の感情ってのがあるんだね、ちょっと理解しがたいが、
            あるというのはよくわかったよ。。。

            あ、話が逸れましたが、、、もし、生まれ変わっても、環境が違えば
            一個前に人間だった時にやってきたことなんて、まったく意味をなさない。

            それから!摂受心院は子供6人いましたが、ぎんたはゼロ人です。
            一昔二昔前の「プルーフ」では、苑で精進したらそれまで駄目だった子宝に
            恵まれた系の話がちらほらあったと記憶してますが、最近はどうなんでしょ?
            もし、昭和で摂受院と直接話すことが出来た立場の人で、最後まで子宝に
            恵まれなかった人に、摂受院はどんな言葉を掛けたんでしょう?今と
            違って、かなり多くの人が結婚してかなり多くの人が子供を生んでた時代に。
            どんな言葉を掛けたって、「私の気持ちは摂受院様にはおわかりにならない」
            とか言われちゃうと思うんだが。。。

            あ、夫婦としては子供に恵まれなかったけれども、導き子としての子供は
            沢山いて、どの方も幸せになって欲しいと願いながらの精進が尊く、
            双親様、両童子様には感謝でうんぬんというプルーフは聞いたことあるけど。

            ↑こんな感じになるように頑張りなさい!!って言われちゃうんだろうな。

            今のぎんたは、(こどもいないから「地面師たち」のリリーフランキーの
            種類の脅しはおれには出来ないぜ、フフ)と思っています。
            (え?だから?)

            あ、でも、地面師観る前は、子どもいなくて辛い真如教徒は、摂受心院様の
            言葉では救われない、でも、そんな人がいたとしたら、ぎんたが
            「私も同じだよ~~~!!」って、堂々と胸を張って言ってあげられるから、
            摂受心院様が救えない人も救えるかもしれないっ!!なら、それもありか~
            とか、本気で思っていて、お花畑が過ぎるんですが、その状態を経て、
            あーー、苑で浮いてるぎんたがそんなこと言っても、みんな、
            「ちょっと発言が変で地雷も踏む、しかも、教師バッジ付けてない」人物に
            救われたりしないんであって、救う救わないってのは、「救われる側」の
            好みとか意志とかタイミングとかで決まるんですね~~~とおもいました。

          • ぎんた より:

            あと、そもそも「真如霊界」にいらっしゃる方が、再びひとりの人間を
            やってたら、、、、「常住」とか「いつも見守ってくださってる」、
            「自分の気持ちを誰よりもよくわかってくださってる」、というのは
            完全に成り立たなくなるので、誰にも歓迎されないね!

            それから、一番最初に思ったのは、自分が摂受心院だった場合、
            家族が「真如教主」でなければならず、、これは教主が亡くなった年齢から
            不可能だし、もう、、、今まで「教主さま~~」と祈っていた相手が
            実は配偶者とか思ってしまうのが、きききき気色悪いとか、もう、痛過ぎて
            怖いから無理だし、自分=摂受心院は、心が辛すぎて、、、こんな
            辛すぎ状態をもしか残りの人生ずっとなんて絶望すぎる。
            あと、苑史とか色々な書物を読んで考え出したけれども、あの色々を読んで
            「もしかして、この摂受院に【人間に生まれ変わって精進するのよ】と言われた猫って私じゃね?」と思えるって、、ちょっと厳しくない??そうとうな
            思考だよ?ファンタジーじゃなくって、リアルで、、やーーーどうだろう?
            うーーーーーーーーーんーーーーーー、、しかし、猫に人間に生まれ変わって
            精進しろっつーのも、大概だしな、、、ちょっと無責任が過ぎやしないか?
            本気で言ってんの?なんとな~~~くなの?そういえば、苑内の言葉で
            「自分の信に信頼をおく」っていう開祖の言葉があったなーー。
            どういう意味かわからなくて、(真如苑を信じるってこと?でも、あえて
            こう言うならば、別の意味が??)経の集会で聞いてみたけど、納得いく
            答えは貰えなかった。多分、みんなもきちんとはわかってなかったみたい。

            …..とにかく、これから先が長いのに、こんな不快感半端ないんじゃ
            絶対に続かないから、少しでも心に負担なくやるには、やはり猫か??
            自分=令和を生きる自分、その心を守るなら「猫」
            自分=摂受心院(だとしても)の発言【前世が猫の人間もいる】を信じるならやっぱり「猫」、、、、かな、、、、、じゃ、猫でやってみるか、、
            やってみてまた違和感出たら考えよう、、、、。

            【人間に生まれ変わって精進】
            !!!!!!!!!!!!!!!!!!貴っっっっっっっっっ様ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!

            猫に精進がいるわけねーーーーーーだろーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!怒怒怒怒怒!!!!!

            あ~~~~こっちだったや、私らしく怒り心頭なってる!!基本怒り。
            アンガーマネージメント糞食らえ!!!!

            猫に精進、、お前殺されたって文句言えないわーーーー

  11. 赤い実 より:

    ぎんたさん、こんにちは!

    〉理屈としてはそうなんだけど、それを言っちゃうと戦争とか無くならない から、ねこ困るんだよ、、

    戦争って関係性で起きますよね。
    どちらも悪くて起きる場合もあるけど、圧倒的にどちらかが悪い場合もある。

    でも、あの国が悪いです!ばかり執着してても終わらなくて、関係性の中での最善を求めるしかない。

    つまり。善悪を超越したところに本当の倫理は生まれるのかなと思うのです。
    そしてたぶんこのあたりは、仏教とも関係してると思うのです。
    私はこれ以上語れないし、下手したら間違えてるかもしれませんが…

    その時はどなたかが訂正してくださると思います。

    • ぎんた より:

      えーーー間違えてない、もっと色々語って欲しいです!

    • 赤い実さま

      >つまり。善悪を超越したところに本当の倫理は生まれるのかなと思うのです。
      >そしてたぶんこのあたりは、仏教とも関係してると思うのです。

      善悪の彼岸は、「涅槃」ですかね。
      「本当の倫理」ってあるのだろうか。。

  12. tanza より:

    ブッダ・龍樹は、自性・実体はなく、すべては縁起的現象だから、執着を捨てよと教示されている。

    それなのに人々は、次のようなものを、自性・実体・存在と思っているのか、それらに執着しているのは不変性への欲望・渇愛の現れなのか。
    基本的人権・主体性・多様性・平等・LGBT・民主・独裁・戦争・平和
    ・・・

    • tanzaさま

      おっしゃる通りです。「執着を捨てよ」と教示されています。

      「諸行無常」も、「執着を捨てよ」につながりますね。
      「諸行無常」も、「諸法無我」も「執着を捨てよ」につながっています。
      それらをまとめて「一切皆空」と称するけれど、その見方は、中道へと収束しますね。

  13. 赤い実 より:

    先生、こんにちは。

    〉「本当の倫理」

    これ、絶対的な倫理というつもりで書いたのではないのですが、そうで見えてしまう書き方でした。

    自分の正しさに固執しないという意味で善悪を超えると書きました。
    自分の正しさに固執しない物の見方考え方から生まれる倫理が大切かなと思ったのです。

    • 赤い実さま こんばんは。

      なるほど、そうだったのですね。失礼しました。ごめんなさいね。
      七仏通戒偈のようになっていくのかもしれませんね。

      • 何か独り言みたいになるんですけど、
        そうであっても、何か善いものに行き着くなあという感じはしますね。

        ブッダの言葉で「何か善いものを求めて出家した」という、スバッダに語った詩が思い出されます。倫理を外さない、という感じがしてきます。

      • 赤い実 より:

        先生へ

        わかりにくい表現をして、こちらこそすみませんでした。

        • 赤い実 より:

          〉自分の正しさに固執しない物の見方考え方から生まれる倫理が大切かなと思ったのです。

          昨日の自分のコメントへの補足です。
          自分がこれまでそうしたことがあったから、このように思いました。

          • 赤い実 より:

            先生何度もすみません。
            補足により明確にしたかっただけなので、スルーしていただいて大丈夫です。
            やりとり、ありがとうございました。

    •  春間 則廣  より:

      〉 自分の正しさに固執しない物の見方考え方から生まれる倫理が大切かなと思ったのです。

      認識は、自分の正しさ から 決して
      離れることはできません

      意識は( 絶対 )肯定の上に起きます

      いやそうでもない という

      絶対肯定( !? )

      •  春間 則廣  より:

        やり方によっては可能

        という 絶対肯定

        意識では 決してできません

        ムニ達がなぜ

        瞑想を大事にしたのか !?

        • >ムニ達がなぜ

          >瞑想を大事にしたのか !?

          何で大事にしたんだろうねぇ。。自分に潜む嘘をみつけようとしていたのかな。。

          誰でも正直になるのがインド。ニヤーヤやヨーガ学派なども、瞑想やってると嘘をつけない。

          • tanza より:

            「ムニ」については、次のリンク記事により理解しています。

            『沈黙行とは黙ることではない』
            https://j-theravada.com/dhamma/kantouhouwa/kantou156/

          • mani より:

            tanzaさま

            >「ムニ」については、次のリンク記事により理解しています。

            わたしは、『スッタニパータ』527偈です。ブッダがバラモンのサビヤに語った言葉です。

            527 「一切の世界において、内であれ外であれ、正しからざる法と正しい法とを知って、神と人間とによって供養に値する者、執着の網を超え出た者、かれが<聖者(ムニ)>であります。」

          •  春間 則廣  より:

            > 何で大事にしたんだろうねぇ。。自分に潜む嘘をみつけようとしていたのかな。。

              嘘 でしょ ( 嘘  って  わかりますか ? )

              嘘 だとは 思ってもみないでしょう

              これが 嘘であるなあらば  よいのだけれど

          • mani より:

            >嘘 でしょ ( 嘘  って  わかりますか ? )

            わかりますよ。
            自分の嘘は、誰でも、真っ先に気づくものです。自分に正直になりさえすれば。。

  14.  春間 則廣  より:

    > 自分の嘘は、誰でも、真っ先に気づくものです。

        気づかないように 、 自分に嘘をつく

      “ 真っ先 ”  という   「 真 」 の 先 

        先  に起きている  「 自我 」 

       誰でも という時 に そこから 離れている  「 自我 」 
    ( いいや 離れてはいない  と いう・強弁する  「 自我 」 )

     あなたは 「 自我 」 が強い  と  強さを強調する 「 自我 」 
     ( 見ようとする と   「 他 」 の 影に隠れる  )
     “ 見ている ” と    “ 見てはいない ” を 隠す
                     「 自我 」  の  強靭さ
       
     「  ひとごと に ひとごとがおきる ひと の   ひとこと 」
        人毎 ・ 他人 ・ 一事     自分   一言 ・他人事 

     HIT! そうに決まっている   →  HOME !    RUN

        値千金  酔漢 の 自叙帖    「千金帖」
    https://note.com/genmyo/n/n35f4be0c1edf

             「 ・・・・・ 看れども及ばず 」
              と  及ぶを失す  「 我 」 
     ( 及ばなければ 及ぶに 達せず  知悉すれば 知るを知る )
        知らない と 知る       知るを失する 阿呆の如し
            「  酔裏、真如を得たり  」

       及んだ時に 及ばずと知る  及ぶ彼岸   泳いでいる眼
          「  ・・・ みな辞旨激切にして、理識・・・  」

       「 僧侶 」 の 眼  で ある
      ( 空海 は これを 必死に 書写する )

      文字は 伝うる を もってして  「 意 」 を 為す
     ( 伝わらぬ  “伝うる”  という 危機感  でんでんつたわらない )
       分からぬ   という   完璧なる理解  完璧などないという完璧

       彼方に伝わらずとも    此方に発する  ということは
        ここに伝わっている   「 仏法 」 

        渡ってから 言いなさい   “ 渡り方の稚拙さ ”

      渡らずとも 其処に発する   亘る ・ 数多の  「 心 」