
一昨日から雪が降ってますが、一度雪は融けかけ、また先ほどから雪に変わりました。雨になったり雪になったりしています。写真を撮ったこの時(9日)は、キツネの足跡がくっきりとしています。わが家のサンダル片方がキツネに持って行かれました。黒いサンダルの片方と白いサンダルの片方です。百均で買ったのでものすごく軽いです。黒白片方ずつ、盗られてないので、残った白と黒の片方を一足として使っています。
さてさて、冬が到来してきましたね。
みなさまのお住まいのところはいかがでしょうか。これから寒い冬がやって来ますね。
インド2600年前のお釈迦様の居た頃に遡って、あれこれ思いをめぐらせています。何度か、この日記でも気になって書いていますが、「念処経」の教えを説いたのがクルという国のカンマーッサダンマというところであった、という点に引っかかっています。
そこで、後にクリシュナ神として神格化されていくクリシュナ・ヴァースデーヴァがお釈迦様の話を聞いたんじゃないか、という妄想が止まりません。
聞いた経典は「念処経」です。ヴェーダ時代の修行者たちは、真剣だったと思う。ブッダも「バガヴァット(世尊)と呼ばれているし、かの『バガヴァッド・ギーター』も「神の歌」という意味を持つのです。お釈迦様から、クリシュナが念処経の教えを聞いた、というのはあり得ることだと思う。ただ 証拠がない だけ なのです。「だけ」って、いわれてもねぇ。わたしの中で、そう思っておくことにしよう。。っと。


コメント
> あり得ることだと思う。ただ 証拠がない だけ
証拠 とは 自らの認識 の (後)確認 に すぎない
あり得ること とは (後)確認 に 乗せること
「 認識 」 とは 在る と 知ること
「 認識 」 できない こと を 言い換えて
不在・不足 とも 呼ぶ ( ことが在る )
ないこと を にんしき で き ない ともいう
( 「 心 」 の 広さ を 量る )
細かく 量れば 狭い 「 処 」 が 無限にも思える
雪の白さ と サンダルの白黒
*
“一” というのは(ということは)
“一つの塊り・一つに集合している” という意味です
“4” というのは “( 4が意味することは )
“一つの塊り・一つに集合している塊 が 四つ”
で できている “一つの塊り” です
“一つの塊り・一つに集合している” を
覗きこめれば
細分化できれば ! いくつもの発見 が 起き得ます
いくつですか ? ( 一つでも 構いません )
( 構えを起こす あなたが “一人だけ” 存在しています )
“ あなたが 一人である ” 故に
あなたは “ あなたが 一人である ” ということ に
疑うこと を 起こさない ( 一人に確定している )
これを読む自分 は 読んだ内容を読む通りに確定している
( そこには 違う読み方をしている自分は存在していない )
読むとおりに確定している事 を 違う風に読むことは可能
可能ではあるが “ 確定している事 ” は“
“ 不動である ” という事の 別表現
可能性 は “理論上可能” では ある が
“現実には不適合” である( こともある )
あなたは 現実 に 生きている ( 現実 が 顕現する )
理想に生きていようと それは (現実に生きている 理想)
一つ を 千に分けられば 一つ一つ は “独立した世界” である
一つの地球 に 一人の 「 人 」 が 生きる
一つの地球 に 四人が 生きる ( いきる 一つ )
まあ 分かろうとする人 には
( 必ず ) 理解 は “やってくる”
( 理解 に 辿り着く のではなく 理解は “やってくる” のです )
分かろうとしなく なれば 理解は “遠のいていく”
あなたから 遠ざかっていく “わたし”
・
*
“ 間違ったこと には 強く反応 が 起きやすい ”
「 空 」 とは 何であるか を
知っていますか ?
“ ある ” ってこと ですよ !
てにするものがある から かえって くることがある
感覚 の 還郷 ( 迎合 )
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「 空 」 手 「 還 」 郷 ( 「 業 」 )
( 還郷 ・ 歓 業 )
入ったら “ ゴウ ” に 従え
まこと に 業 とは 歓迎する 喜「行」 である
眼横鼻直 とは 世の中 が
曲がって見える ユガミ を 見る
構造 を 見る基準 を 言う
( 半・判 )眼 は 横に広がり 全・禅体 を示し
( 鼻・鼻の感覚 )脊椎 は 楯を示す
認識 とは “見” 「 識 」 に 過ぎず
全 「 識 」 を 「 禅 」 に 集中する
( 「 善 」 を 見る )
このような “抽象” を 「 禅 」 と 呼ぶ
ゼン ゼン 理解出来てはいない ですね ?
( それは ゼンブ わたしの「行」 が 起こしていることです )
・
わたしが納得した「眼横鼻直」は、仏の境地は横並びだが、弟子たちは師から縦に繋いで教えを受けていく、というものです。
すごく納得してそうだなあと思ったので、他のことが入ってきません。
> すごく納得してそうだなあと思ったので、他のことが入ってきません。
体 を 用いて 心を 直す(真っ直ぐにする)
坐禅 です
真っ直ぐ は 真横 に “ 起きる ”・(「 縁起 」)
「 生 」( 働き ) は 五蘊(身体) に 起きる
「 心 」 は どこに置きますか ?
」
( 働き に 起き上がる )
働き は 坐(じっと座る) に 起きる
> 仏の境地は横並びだが、弟子たちは師から縦に繋いで教えを受けていく
境地 というモノは 横に “ 立つ ”
( 立っている 境地 は 一つ です )
縦・横 は 回転すれば 意味を成さない
回転 とは 「 輪廻 」 でもある
縦も横も 回転させれば 同じ 見える 境地
寝転んで 輪廻を享受する
立って 坐を開く
このような他事 は (あなたには) 入ってこない
北海道は雪だけでなく、観光面で見所が多い。鉄道の廃線が多いが。
参考動画:【北海道に鉄道ができるまで…】知られざる鉄道誕生の物語に迫る!
https://www.youtube.com/watch?v=zit9ufD94w0
tanzaさま 北海道の鉄道はボロボロやん。
ほんとに廃線ばっかりで、どんどんいけるところ、少なくなってます。
線路のあとにはたちまち草が生い茂ります。手宮線かぁ。。
北海道は、雑草が半端ないので、手入れしないとあっという間に原始林です。
青春18切符って、まだあるんかなあ。
失礼します。「雪」のお題の俄です。
八:雪で一面真っ白け、余計なものが見えなくなって、せいせいすらァ。
隠:雪に覆われ明るいが、雪がとけりゃあ元の木阿弥。
八:「悪行も善によって覆われるなら、この世を照らす」の経を、隠居は前に云ってたよ。
隠:それを云った長老も、町に行くなりボコられた。因果の車輪は覆えない。
八:回し車のハムスターだって、ふと一休みすりゃ、回転もおさまりやしょう。
隠:とはいえわが身と世間での因果のふりかかりは免れねえ。地球が回転して天災もあらあ。
世尊もあたって、お腹をこわした。
八:因果の回し車のど真ん中にあって、せいせいするにゃ、どうしたもんでやんしょう。
隠:あくせくじたばたしながらも、せいせいしている奇特なあり方があるかもしれねえ。
八:大風にゆれてる柳のような、柳家平左ェ門けぇ。
世尊ばかりでなく外道の師の方々も、それぞれウペッカーのような処をねらっているように思われました