秋は来にけり、ななかまど

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ナナカマドがしばらく前から色づいています。写真を撮ろうと思っていたけど、なかなかチャンスがありませんでした。今回は、買い物に行くついでにカメラを忘れなかったので、真っ赤な実を撮ることができましたよ。

いろんなことを考えて生きてます。

同時にいくつもの事を考えるのは無理だけど、一つの時間には一つのことを考えてる、ってのは出来ることがわかります。

「出かけるときにはカメラを忘れるな」ってことを忘れなかったので、写真を撮ることができました。

写真を撮るときは、写真しか撮ってません。料理を作ってるときは、料理しか作ってません。

料理を作ってるときに、息子に「トイレ」と要求されると、料理は中断してトイレに行くことになります。中断だと思うとストレスになるので、「トイレに行く」という目的に切り替えるということをやります。

でも、これって細分化できますよね。車いすを動かすことになるし、ぶつからずに行くことを目的化することになるし、個々に作業を細分化して行く作業になってしまう。

これなら、テーラワーダ仏教の瞑想会と変わらない作業だなと思いながら、毎日暮らしてます。

そんな中でも、龍樹のことは忘れません。いつも考えてますのじゃ。今日の龍樹(毎分、毎秒考えてるからね)は、『大智度論』の中にいる龍樹です。ブッダに密着する龍樹の時もあれば、煩悩ある凡夫に密着する龍樹の時もある、ってことに気がついてきました。

「隙間時間でバイトしよう」という動きがあるようだけど、「隙間時間で”龍樹”しよう」が、わたしのモットーです。自然にモットーになっちゃってます。

一つのことにとらわれなければ、全部のことを考えられるんだよ、って龍樹に教わったな。

龍樹は、たくさん著作を書きました。。

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