ブッダと龍樹の論理学

ブッダと龍樹の論理学

はじめに
    まるで雲がきれて視界が開けるように、ここ数年で、仏教にかんするたくさんのことがらがあきらかになってきた。およそ二五〇〇年前に仏教を開いたゴータマ・ブッダについて、さらには、仏教史における中興の祖ともいうべき人物龍樹(ナーガールジュナ)について、知りえたことは数多くある。しかし、その一方で、かれらについて知らないことも、まだまだおびただしくあることがわかる。
 不世出の哲学者ブッダ一人を問題にしても、理解の困難なことが山のようにあるのに、その上、インドが生んだ最大の論理学者龍樹にも言及しようというのだから、自分でも荷が重すぎることは重々承知している。しかし、あらたにえたわたしの知見を示すことは、いくらかでも読者のみなさまのお役にたつかもしれないとも思う。
 とにかく新しいという点だけは保証できる。こう言ってよければ、たぶん、これから述べるような解釈は、世界でも初めてだろう。わたし自身としては、今のところ、おおむね満足している。ブッダの思想の大枠はつかめたからである。また、龍樹の思想もブッダの思想ときれいに重なっている。二人の思想は、たしかにわたしの手のなかにあると感じる。
 そうでありながら、二人の哲人は、独自であり、個性豊かであり、偉大であって、かれらの思想のなかに、わたしたちがすべて入ってしまうのである。ブッダの法からもれ落ちる人は、誰一人いない。それは仏教徒であるなしにかかわらない。また、どんなに疎外されていると感じる人でも、ブッダの法からのけ者にされるということはありえない。わたしは、みなさまにそれを論理によって示そうと思う。
 わたしが語るのは、自分の目で見て確かめたブッダと龍樹である。だから、どうしても語る範囲がせまくなってしまう。これはお許しいただきたい。語る領域は、ブッダと龍樹に限定したものとなる。となると、部派仏教の学説、大乗仏教の思想などには直接ふれないということになる。そうは言っても、龍樹を通して、部派仏教と大乗仏教の当時の状況が感じとれるところもあるだろう。また、時代の背景として語らねばならないところもある。しかし、基本的には、ブッダを中心にして語ることになる。ブッダを中心にするのは、龍樹自身の意向である、と、そうわたしは感じるのである。
 仏教を中心とする諸思想のうずまく紀元後二.三世紀、これが、龍樹のいた時代である。当時、一方では、部派仏教が、ブッダの法を研究しアビダルマといわれる膨大な論書を所有していた。また一方では、大乗の経典類も伝えられていたのである。そのような状況のなかで、龍樹の心にあったのはいつもブッダである。仏説にかかわるさまざまな解釈や説明が説かれれば説かれるほど、龍樹は、ブッダの言行録である阿含経典にかえっていくのである。
 龍樹の気持ちをひとことでいうならば、「ブッダにかえれ」ではなかったかと思う。大乗仏教の中にも、このブッダ・ルネッサンスのいぶきが感じとれる。
 龍樹の時代にブッダ精神がふたたびもどってきたとき、龍樹の『中論』が生まれたのである。それは、ブッダの法ではありながら、これまでとはまったくちがった法の姿をしていた。それは、ブッダ論理学の結晶であった。
 このことをみなさまに納得してもらうのが、わたしの仕事である。大仕事である。




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