心にしみる原始仏典


『サンユッタ・ニカーヤ』48-44.(PTS Text,X.pp.220-222)

東の門屋

1.
このようにわたしは聞きました。あるとき、尊師は、サーヴァッティの東の門屋に滞在していました。

2.
そこで、尊師は、サーリプッタ尊者に呼びかけました。

3. 
サーリプッタよ、おまえは信じますか、信の能力(信根)が修められて、多くなされるなら、不死に深く入り、不死にいたる道となり、終には不死に到達するということを。
精進する能力(精進根)が修められて、多くなされるなら、不死に深く入り、不死にいたる道となり、終には不死に到達するということを。
気づきの能力(念根)が修められて、多くなされるなら、不死に深く入り、不死にいたる道となり、終には不死に到達するということを。
定の能力(三昧根)が修められて、多くなされるなら、不死に深く入り、不死にいたる道となり、終には不死に到達するということを。
智慧の能力(慧根)が修められて、多くなされるなら、不死に深く入り、不死にいたる道となり、終には不死に到達するということを。

4.
実に、尊師よ、ここで、わたしは、尊師を信ずるが故に、
信の能力(信根)が、修められて多くなされるなら、不死に深く入り、不死にいたる道となり、終には不死に到達する、
精進する能力(精進根)が、…、
気づきの能力(念根)が、…、
定の能力(三昧根)が、…、
智慧の能力(慧根)が、修められて多くなされるなら、不死に深く入り、不死にいたる道となり、終には不死に到達する、
とするのではありません。

尊師よ、もし、智慧によって、これを了解せず、見ることなく、知ることなく、証明することなく、ふれることがないならば、かれらは、他のものたちを信ずることによって、信の能力(信根)が…、精進する能力(精進根)が…、気づきの能力(念根)が…、定の能力(三昧根)が…、智慧の能力(慧根)が、修められ多くなされるなら、不死に深く入り、不死にいたる道となり、終には不死に到達する、となすのでしょう。

尊師よ、もし、智慧によって、これを了解し、見て、知って、証明し、ふれているならば、迷いなく、かれらは、そこで、信の能力(信根)が…、精進する能力(精進根)が…、気づきの能力(念根)が…、定の能力(三昧根)が…、智慧の能力(慧根)が、修められて多くなされるなら、不死に深く入り、不死にいたる道となり、終には不死に到達する、ということに疑いがありません。

そして、わたしも、尊師よ、智慧によって、これを了解し、見て、知って、証明し、ふれています。迷いなく、わたしは、ここで、信の能力(信根)が…、精進する能力(精進根)が…、気づきの能力(念根)が…、定の能力(三昧根)が…、智慧の能力(慧根)が、修められて多くなされるなら、不死に深く入り、不死にいたる道となり、終には不死に到達する、ということに疑いがありません。

5.
よろしい、よろしい、サーリプッタよ、
サーリプッタよ、もし、智慧によって、これを了解せず、見ることなく、知ることなく、証明することなく、ふれることがないならば、かれらは、他のものたちを信ずることによって、信の能力(信根)が、…、精進する能力(精進根)が、…、気づきの能力(念根)が、…、定の能力(三昧根)が、…、智慧の能力(慧根)が、修められ多くなされるなら、不死に深く入り、不死にいたる道となり、終には不死に到達する、となすだろう。

サーリプッタよ、もし、智慧によって、これを了解し、見て、知って、証明し、ふれているならば、迷いなく、かれらは、そこで、信の能力(信根)が…、精進する能力(精進根)が…、気づきの能力(念根)が…、定の能力(三昧根)が…、智慧の能力(慧根)が、修められて多くなされるなら、不死に深く入り、不死にいたる道となり、終には不死に到達する、ということに疑いをもつことはない。





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