心にしみる原始仏典


『スッタ・ニパータ』(『クッダカ・ニカーヤ』)(PTS Text,PP.3-6.)

第1章 蛇の章 2 ダニヤ経

18 「ご飯を炊いて(パッコーダナ)、乳はしぼってしまった(ドゥッダ・キーラ)。
わたしは、マヒー川のほとりに(妻子と)ともに住まいしている。
小屋の屋根は葺かれ、火は燃えている。
―― さあ、望むなら、雨を降らせよ、神よ」
と、牛飼いのダニヤが語った。

19 「もはや怒りなく(アッコーダナ)、頑迷さを離れている(ヴィガタ・キーラ)。
マヒー川のほとりに一夜の宿をとる。
(わたしの)小屋は開かれ、(煩悩の)火は消えている。
――さあ、望むなら、雨を降らせよ、神よ」
と、尊師は語った。

20 「黒蠅も蚊もいない。
茅の生い茂った沼地で牛たちは歩き回っている。
やって来る雨にたえられるだろう。 
―― さあ、望むなら、雨を降らせよ、神よ」
と、牛飼いダニヤは語った。

21 「筏は、しっかりと編まれてよく作られた。
暴流を征して、彼岸に渡り到達した。
もはや筏は必要がない。 
―― さあ、望むなら、雨を降らせよ、神よ」
と尊師は語った。

22 「わたしの妻は、柔順で、欲がない。
(彼女は、)長い間一緒に暮らしているが、(わたしの)意に適っている。
彼女について、どのような悪いことも聞いたことはない。 
―― さあ、望むなら、雨を降らせよ、神よ」
と、牛飼いのダニヤが語った。

23 「わたしの心は、柔順で、解脱している。
長い間修養してきたので、よく調御されている。
だから、わたしには、悪というのは存在しない。
―― さあ、望むなら、雨を降らせよ、神よ」
と尊師が語った。

24 「わたしは、みずからの生業(なりわい)で暮らしている。
子らもわたしとともに居てみな健やかである。
子らについて、どのような悪いことも聞いたことがない。 
―― さあ、望むなら、雨を降らせよ、神よ」
と、牛飼いのダニヤが語った。

25 「わたしは、いかなるものの使用人ではない。
得たものによって、すべての世界を歩んでいる。
傭われる必要はない。 
―― さあ、望むなら、雨を降らせよ、神よ」
と、尊師が語った。

26 「仔牛がいる、母牛がいる、
また、お腹に子のある牛もいる、これから子をもつ牛もいる。
牛の主人である牡牛もいる。 
―― さあ、望むなら、雨を降らせよ、神よ」
と、牛飼いのダニヤが語った。

27 「仔牛はいない、母牛もいない、
お腹に子のある牛もいないし、これから子をもつ牛もいない。
牛の主人である牡牛もいない。
―― さあ、望むなら、雨を降らせよ、神よ」
と、尊師は語った。

28 「杭は深く打ち込まれてゆらぐことがない。
ムンジャ草で作られる新しい縄は、よくなわれている。
母牛も、これを切ることができないだろう。 
―― さあ、望むなら、雨を降らせよ、神よ」
と、牛飼いのダニヤは語った。

29 「牡牛のように、諸々を結縛を断ち切って、
象のように、腐った蔓草を引き破り、
わたしは、もはや母胎に入ることはないだろう。 
―― さあ、望むなら、雨を降らせよ、神よ」
と、尊師は語った。

30 にわかに、大きな雲が、低地にも高地にも満たしながら雨を降らせた。
神が雨を降らすのを聞いて、ダニヤは、このようなことを語った。

31 「わたしたちは、尊師にお会いしましたが、
わたしたちの得たものは、実に少なからざるものがあります。
わたしたちは、尊師に帰依します、眼ある者よ。
どうか、あなたは、わたしたちの師となってください。偉大なる聖者よ。

32 妻も、わたしも、柔順であります。
善逝(善く往けるもの、スガタ)のもとで、清浄行を行います。
生死の彼岸に渡って、苦しみを終わらせることにいたします。」

33 悪魔パーピマンが言った。
「子のある者は、子らによって喜ぶ。
同じように、牛のある者は、牛によって喜ぶ。
(生存の)もととなるもの(素因)は、人にとって喜びである。
(生存の)もとになるものがない人は、実に、喜ぶことはない」。

34 尊師は言った。
「子のある者は、子によって憂う。
同じように、牛のある者は、牛によって憂う。
(生存の)もとになるもの(素因)は、人にとって憂いである。
(生存の)もとになるものがない人は、実に、憂うことはない」。




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